懐かしい…【掌編小説】#シロクマ文芸部
「憧憬」
懐かしい友人 千恵からラインが入ったのは、一昨日の事だった。どんよりと空に広がった雲を引き裂くような小気味の良い誘いは、千恵そのものだった。
「久しぶり!今度の三連休に帰省するから時間作って!」
「いいけど、急にどうしたの?」
「話があるのよ、電話じゃ言えない話!ねぇ、昔よく行った喫茶店 れんげってまだやってる?」
「あぁ、代は変わったけどあるわよ」
「じゃあ、そこで◯日の3時にね」
相変わらずマイペースで強引なところは、学生時代と少しも変わってはいなかった。千恵は中学、高校を共に過ごした同級生だ。大学進学で千恵は東京の私大、私は地元の公立大と離れてしまったが、長期休暇の度に帰省する彼女が、だんだん都会の色に染まって美しくなっていくのを見ているのが楽しかった。
そう、千恵は私の憧れの同級生だった。
生まれつき容姿が良いのはもちろんだが、千恵は人にはない雰囲気、華を持つ女だった。だが、その分、鼻につく高いプライドも持っていて、故郷での女友達は私以外いないのではないかと思っている。
当時の私の友人達は口を揃えて「あの人の引き立て役になりたいの?」とか「傲慢で嫌じゃない?」と言ったけど、それ以上に私は千恵への思いや関心の方が強かった。
千恵は、その美貌と語学力を活かして、そのまま東京で中堅どころの商社へ就職を果たした。適齢期と呼ばれる今では風化した呼び名の年頃になると二年先輩の商社マンと結婚して寿退社をした。それから男の子と女の子を一人づつ設け、ずっと田舎の公務員勤めで独身の私から見たら、絵に描いたような順風満帆な人生を歩んでいた。
そんな私達も、もう40をとうに過ぎた。今更わざわざ会ってから話すという千恵の勿体ぶった話って、何だろう?
三連休の中日、千恵の予想通り私には何の予定も入っては来なかった。ある手術を受けるために3ヶ月前に役所を退職したせいもあるかもしれないが、元々交友関係は千恵ほどではないが、広い方ではなかった。
千恵と約束した喫茶店へ向かう支度をするために、
クローゼットを開けると其処は、彼女からもらったブラウス、ワンピース、スカーフ、アクセサリーなどで、ビッシリと埋めつくされていた。
ああ、昔からそうだった。千恵は飽きると何でも私にくれた。ポンポンと気持ちいいほど気前よく、プレゼントと言うよりも捨てるように私に渡してよこした。たった一つのものを除いて…
「これにしよう」
千恵のお気に入りだった薄紫に小花柄が散りばめられたワンピースを手に取ると姿見に向かって、身体に当ててみた。
「うん、これなら、すぐに私だと気づくわね」
・
9月半ばだと言うのに、蒸し暑い日だった。私は千恵から貰ったそのワンピースを着て喫茶店の入口に背を向けて座っていた。
私と久しぶりの再会をしたら、どんな顔をするだろう、千恵は。
カラン、カラン…
やがて、古い喫茶店のドアに取り付けられたアンティークのドアチャイムが来客を告げた。
「お待たせ〜、待った?」
「ううん、そうでもないわ」
「なによ、香織ってば、まだこんな古いワンピース着てるの?新しいのあげるのに!」
懐かしい声と共に肩に触れられた。
私はくるっと振り返って千恵の方を向いた。
「えっ、あ、あ、あなた…」
千恵は何か悪いものでも見てしまったかのような表情を顔に貼り付けたまま、その場に立ち尽くして動けなくなった。
「どうかしたの?」
私は悠然と昔の千恵のような振る舞いで微笑み返した。
「あ、あなただったのね、私の旦那を私と同じ顔で誘惑したの」
「だって、千恵ってば、ちっともご主人のこと飽きなくて、私にくれないんですもの」
「お待たせいたしました」
二代目の店主が懐かしい香りがする、この店自慢の珈琲を二つ運んで来た。
了
小牧幸助さんの企画に参加させて頂きます。
よろしくお願いします。