「かもしれない弁天」＃毎週ショートショート

「かもしれない弁天」

ずっと昔の話だ。
私が通っていた高校にフォークソング部があってね。そこにギターを奏でながら歌う、とても美しい一つ上の女の先輩がいたんだ。男子部員達は皆、その先輩の妖艶な姿に惹かれ「弁天様」とあだ名をつけて呼んでいた。
憧れの弁天様は勉学も優秀で、その後、難関の東大に入学したと噂で聞いた。まだ学生運動が盛んだった頃だ。
私はその翌年、大学受験に失敗して一浪を強いられていた。毎日毎日、勉強に追われて寝不足でふらふらとしながらテレビを付けた時だった。目に飛び込んできたのは、あの弁天様がギターをゲバ棒に持ち替えて闘う姿だった。一瞬の出来事だったが、私ははっきりと見た。
倒れた学生を彼女が、白い八本の手で助けあげた姿を。

「あれは夢だったのかな？」
死の床で、橘は妻に言った。
「貴方、もう休みましょう」
一つ歳上の妻は静かにそう言うと八本の手で彼を抱きかかえて一緒に天へと旅立った。

私だったのよ、貴方。
逝きましょう、苦しみのない世界へ。

(410字)

了

【あとがき】

弁天とは仏教の守護神で、知恵や弁舌、技芸の女神として信仰されている。
姿かたちは見目麗しく、八本の手で武具を持つ虚像と二本の手で琵琶を持つ虚像として、表されている。

たらはかにさんの企画に参加させて頂きます。
よろしくお願いします。

先週初めて書いたショートショートを選んでもらえて、とても嬉しかったです。ありがとうございます⏬️

また寒さが戻ってきましたね。
皆さん、暖かくして素敵な一日をね。
じゃぬーん♪