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働いて…【掌編小説】#シロクマ文芸部

     
     働くの、日本人は働き者なの。
      そんな男のお話だよぉ〜


働いて…重い足を引き摺りながら、いつものように家に辿り着くと、いつもなら小さな明かり取りの窓からぼんやりと見える玄関の灯りがついていなかった。三段ある玄関への石段を上り、チャイムを押したが、中からは何の反応も返って来ない。仕方なくドアノブへ鍵を差し込んで回そうとすると鍵は掛かっていなかった。

「相変わらず、不用心だな」

ひとり言を呟きながら中へ入る。パチッと玄関の灯りをつけると三和土にいつものように脱ぎ散らかされた小さなスニーカーが二足転がっていた。

「そろそろ脱ぎ着を教えなきゃな」

そう思うが、私は二人の幼い息子と娘が可愛くて仕方がない。遅くに出来た子ども二人は私の人生の宝だと思って愛しんでいる。「躾をする」などと言う憎まれ役は母である妻に任せておけばいい。私はひたすら彼と彼女を可愛がる役目を果たしていたいのだ。

「ただいま、おーい、今帰ったぞ!」

スリッパに履き替えて奥のキッチンへ声を掛ける。やはり何の反応もない。
「買い物へでも行ったかな?」
しかし、辺りはもう宵闇に包まれている。幼い子どもを二人連れて、妻がこんな時刻に買い物へ出掛けるのは珍しい。キッチンへ続く細い廊下の両脇にはトイレと洗面所、風呂場がある。二年ほど前にローンで購入した中古住宅だ。いつもならこの辺りまで歩いて来ると「パパ、パパ」と息子と娘が駆け寄って来るのだが…。
やはり外出しているのだろうか。

ん?
子ども達に靴も履かせずに?

なんだ、この胃の下のあたりから湧き上がってくる違和感は。暗闇の中にテレビの音だけが聞こえてきた。どうやら私が嫌いなバラエティ番組らしい。
阿呆のような笑いが安普請の壁に響いてくる。
違和感は猜疑心に変わり、どす黒い不安となって私の胸の内に広がった。深呼吸を一つして、キッチンとリビングへ繋がるドアを開けた。妻が料理を作っていたのだろう。ソースの香ばしい匂いが私の鼻孔を突いた。いや、待てよ?!その中に紛れているこの匂いは、何処かで嗅いだような…
急いで壁に取り付けられたLEDライトのリモコンを押した。瞬間的に目に飛び込んできたのは、テーブルの上の出来たてナポリタン…いや、焼きそばに子ども用のトレーニング箸がぶち刺さった皿だった。

食べようとしたその時に?

椅子の下に転がる我が子二人は血の海の中を泳ぐ海月のように希薄な存在になっていた。妻はと言えば、仰向けのまま、目を見開いて首からまだシューシューと音を立てて紅い血を噴き出している。

あぁ、何処かで嗅いだのは、この匂いか。

背中を向けて立ちはだかっている男の姿に微かな見覚えがあった。

「キサマ!!」

くるりと振り返った男の顔は私だった。
あぁ、妻と子ども達は、家から逃げ出してなど居なかった。私がこの手で、私が、私が…
いや、待てよ。
じゃあ、今此処に居る私は誰だ?
いったい誰なんだよ。
男が握り締めている包丁へ、私はそのままダイブした。
どうだ?これで死ねるか?




「おおきに」
遠くで関西弁の陽気な死神の声が聞こえたような気がした。




歩行者bさんの死神さんをオチに使っちゃって、ごめんなさいm(__)m


小牧幸助さんの企画に参加させて頂きます。
よろしくお願いします。



働いても女に貢いじゃ
ダメなんだから〜(笑)



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