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月の色は【掌編小説】#シロクマ文芸部



月の色は、何色なの?
幼かった私は問うた。

父はランニング姿で、テレビの巨人戦を観ながら葉生姜をカリッと噛んだ。エアコンがあるのに節約なのか扇風機がブンブンと忙しなく回っている。瓶ビールをコップにシュワシュワと自分で注ぎ、ゴクンと口の中の葉生姜を飲み込むと

「ゆかりは、何色だと思う?」
質問に質問で返された。
「パパ、夏休みの宿題で絵日記に書くんだから、教えてよ」
「心に見えたままを書けばいいじゃないか」
「じゃあ、パパは何色のお月様が好き?」
「蒼い月かな」
「ふーん、月はあおいのね」

父のカリッカリッと小気味よく葉生姜を噛む音が、あの日の思い出と共に耳の奥に遺っている。
「じゃあ、ゆかり、大人になったら、あおいお月様が好きな人と結婚するね」
「そうか、わははっ」
私は父が大好きだった。
ずっとずっと昔の話だ。

20歳…

「ねぇ、タカシ、今夜の月は何色?」
タカシが住む安アパートの硬いスプリングのベッドの上で、私は恋人のタカシに訊ねた。
「うーん、今夜は月は見えないな〜」
腕まくらの腕を抜こうともせずに、そのままの体勢で彼が答えた。
其処から月は見えるのかしら?
「じゃあ、タカシが好きな月の色は何色?」
「紅い月かなぁ〜?情熱的な…そんなこと、どうでもいいだろ?ねぇ、ゆかり…もう一回させて」
タカシの熱い息が私の耳たぶにかかると、なんの前戯もなくそのまま彼の身体が私の上に覆い被さった。
「あ…」
おざなりな声をお付き合いのつもりであげながら、あぁ、この人は違うと子宮が感じていた。

あの窓のカーテンは開いていたのかしら?
遠い記憶だ。



22歳

コウジが取ったシティホテルの一室は、カビ臭い臭いで充満していた。それでも糊だけは効いたシーツにくるまって、私は恋人のコウジに聞いた。

「ねぇ、今夜の月は何色かしら?」
コウジは優しく私の髪を撫でながら
「此処からじゃ見えないんだよ」
と答えた。
「じゃあ、コウジの好きな月は何色?」
「うーん、黄色かな?その中でうさぎが餅つきをしているような真ん丸な黄色い月がいいな」
その後で、優しくキスをされて下着を脱がされた。
うーん…それでも、この人も違う。
されるがままに私は全裸にされた。
バスルームのシャワーヘッドから、ポタポタと水が滴り落ちる音が聞こえた。



23歳
伊豆の観光地のホテルの一室で、ハジメは浴衣に着替えて私を待っていた。
「この窓から今日の花火が見えるんだよ」
和室の隣に置かれたテーブルセットの椅子に腰掛けて、ハジメはお茶を啜っていた。

「今日は花火なの?ねぇ、花火でも月は見えるかしら?」
「うん、ほら、もう見えるよ。海が映った蒼い月」
「え…」

「ねぇ、ハジメ、蒼い月は好き?」
「うん、月の中で一番好きかな?」
「そう」

やっと見つけた、この人だわ。
私はバッグの中からこの日の為に用意した果物ナイフを取り出した。

パーン、パーン…

窓の外では私が見たことのない花火が打ち上げられ始めたらしい。

「ほら、ゆかり、花火が始まるよ、せめて音だけでも楽しんだら?」
ハジメは小さな冷蔵庫から瓶ビールを取り出したのだろう。
コップにシュワシュワと注ぐ音が響いた。
私は後ろ手にナイフを隠すと寛いで窓の外を見つめているハジメに向かって思いきり突進した。

グサッ

と言う音と共に、鉄の臭いの液体が飛び散った。
血って紅いのよね。
紅って何色?

「な、なぜ?ゆかり…」
私の腕を掴んだハジメの手から、だんだんと力が抜けていくのを感じた。

「ごめんなさい、その目を返して欲しいの、私のパパの角膜は私が貰うものだから」

カリッカリッ
父が葉生姜を噛む音が私の耳に届いたような気がした。





小牧幸助さんの企画に参加させて頂きます。
よろしくお願いします。









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