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「風鈴と」(掌編小説)#シロクマ文芸部


風鈴と冬は似合わないのに…


朽ち果てて今にも崩れ落ちそうな平屋のあばら家が、町の片隅に建っていた。猫の額と言う言葉がしっくりとくる庭には背丈の高い雑草が生い茂り、その向こうには形ばかりの縁側が見える。その上に目をやるとひしゃげた屋根の軒下に色鮮やかな風鈴がひとつ、閉め切られた雨戸を背に吊るされていた。

その人は風が吹くとチリンチリンと寒々しい声を上げた。
「お嬢ちゃん、おいで、お嬢ちゃん、こっちへおいで」
チリンチリン…
囁くように、誘うように、惑わすように
チリンチリン…
私は赤いランドセルの肩ひもを両手で、ぎゅっと固く握り首を横に振った。

「ダメ、お母さんがここのお家には近付いたらいけないよって言ってたもん」

チリンチリン…
「そうかい。寂しいね」
風が止むとその人はお話が出来なくなるらしい。
「また明日ね~、風鈴さん」

私は自分の家を目指して駆け出した。
家に着いても、風鈴さんとお話をしたことはお母さんにもお父さんにも誰にも言わなかった。
次の日も、また次の日も、学校の帰りには、その家の前を通らなければならない。

チリンチリン…
「おかえり、お嬢ちゃん」
風鈴は毎日、私に声を掛けてくれる。
そのうち、私は

悪い風鈴さんじゃなさそう

と思えるようになっていた。
そんなある日、その日は木枯らしが吹く寒い日で、ヒューヒューと虎落笛(もがりぶえ)が音を立てて、風鈴さんは

チリンチリンチリンチリンチリンチリン…

「助けて助けて助けて」

と悲鳴を上げていた。

あ〜、このままでは風鈴さんの雨晒しにされていた紐が千切れて、風鈴さんは縁側に落ちてしまう。パリンと音を立てて割れてしまうかもしれない。

「助けなきゃ、助けてあげなきゃ」

私は草の生い茂る庭に足を踏み入れた。
虎落笛は更にヒューヒューと…
いや、違う。
待って、
何故、真冬なのにこの家の雑草は枯れていないの?
そう感じた時には、もう私は雨戸の戸袋に立て掛けてあった梯子を持ち出していた。
雨戸に梯子を寄りかけて、ランドセルを肩から下ろすと風鈴さんを助けるために一段一段上り始めた。

チリンチリンチリンチリンチリンチリン…

あっ!思い出した。

「すずちゃん、やめない!危ないっ!!」

風鈴さんを握りしめて頭から落ちていく私は全てを思い出した。
この風は木枯らしなんかじゃなくて台風で、雨戸は台風の雨風を防ぐためにお父さんが閉めたんだっけ。

あの日、私はスイカを食べていたのに、激しく泣いてる風鈴さんに気が付いて助けてあげようと梯子によじ登ったのよ。
お母さんが止めるのも無視して、一段一段…
その時、突風が吹いて足場が悪かった梯子が、グラグラと揺れて…



そこで私は夢から醒めた。
「すずちゃん、すずちゃん」
目覚めると白い部屋で、泣いてるお母さんの顔が目の前にあった。
「先生!すずが、娘が、目を開けました!!」
ベッドの横のサイドボードには、ポツンと風鈴さんが置かれていた。


『おかえり、お嬢ちゃん』

風もないのに私には、風鈴さんがチリンと鳴ったように聞こえた。





小牧幸助さんの企画に参加させて頂きます。
よろしくお願いします。


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