算命学余話 #G84玄 「立憲君主と国家の栄衰」/バックナンバー
私が中学生の頃、地理の授業で英国は「老大国」と教わりました。当時は日本の高度成長期がバブルに突入する頃で、超大国である米国とソ連を除けば「エコノミック・アニマル」と揶揄された日本が独り勝ちしているという経済情勢でした。欧米の一等地の不動産や有名西洋絵画を日本が買いまくっていた時代です。そんな時代もありました(過去形)。そんな日本に英国は「買われる」側で、戦後の不振や産業の老朽化で英国は「かつては七つの海を支配した一等国だったが、今や老いてあちこちガタの来た二流国だ」という評価だったのです。冷戦時代だったので、当時の一等国と言えば米国を指しました。また国交の限られたソ連は、超一流のピアニストやバレエ団を送り込んで来るので「芸術大国」という認識でした。
その後大学に入ると、東洋史を専攻したせいか、周囲は総じてアンチ米国な顔ぶれになりました。ほどなくソ連が崩壊したので、共産主義を叫ぶ学生は皆無でしたが、だからと言って米国的資本主義もえげつない。当時の学生の殆どが米国礼賛一色だったので、校内では浮いた集団でした。世間はバブル真っ最中でしたから、東洋史なんか専攻しても就職の有利にはならないと笑われたものです。
そんな一団に属する東洋史学生と教授との間にある感覚のズレについて、思い出すことがあります。それは、学生らが米国を批判したほどには、教授らは米国を批判せず、むしろ英国批判をしていたということです。しかもどちらの批判も様相は同じ。「軍事力で倒した相手を植民地化し、自国の価値観や宗教、商品を売りつけてその国独自の文化や経済を破壊したのに、相手国にとっていい事をしたと思っている」のが、かつての英国であり、今の米国である、というものです。戦前の列強や日本もやっていたことではありますが、そのやり方が苛烈で独善的、いわゆる「アングロサクソン的」だという点では一致していたのですが、学生らがこうした米国批判をすると、教授たちは少し不思議そうな顔をし、「そういうことは英国の方が盛んで得意だった」とこぼすのです。
上述の通り、当時の学生は英国を老大国として教わっているので、英国には後進諸国の文化をなぎ倒すように破壊するほどの力はないという認識で、そういうことを無造作にやってのけるのは超大国である米国だけだ、との考えでした。私もそうでした。しかし教授たちは違った。彼らもアンチ米国ではありましたが、それ以前に遥かに強いアンチ英国だったのです。それは世代が生み出す差異でした。
学生運動の頃既に成人していた教授たちと、学生運動の頃はまだ生まれていなかった学生たちとの差異です。教授たちの年齢層にとって英国は強国であり、その後の国際紛争の原因の多くは英国の横暴が生み出した産物だと認識されていました。その最たるものがパレスチナ問題です。
さて思い出話はこれくらいにして、今回のテーマに移りましょう。米国が英国を置き去りにして超大国にのし上がった時、英国は既に女王の国でした。英国は1952年からずっと一人の女王の国なのです。私が物心ついた時には、エリザベス女王は既におばあちゃんであり、その後もずっとおばあちゃんでした。英国首相が何度変わっても、おばあちゃん女王は変わらない。しかも人品卑しからぬおばあちゃんです。このおばあちゃんの逝去を世界中が残念に思っています。政治に関わった人ではないし、何か恩恵をもらった記憶もないけれど、その死は何か損した気分になる。例えるなら、往年のアイドルが、その後スキャンダルも起こさず穏便な人生を全うして亡くなったかのようです。そうです、彼女は老いてなお、世界のアイドルだったのです。
というわけで、今回の余話はエリザベス女王の宿命を眺めてみます。その命式には、アイドル性が書かれているのでしょうか。この長期の在位は予測されたものだったのでしょうか。そして英国の栄枯盛衰は、この人の宿命に連動していたのでしょうか。宿命鑑定事例として読み解いてみましょう。
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