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サンタクロースを信じるわたしと、贅沢な権利-アドベント3週目-
サンタクロースは、いるのだろうか。
この問いに惑い惑わされるこの時期は、サンタクロースを、それを信じる子どもたちを、それを疑う子どもたちを、ドキドキわくわくさせる。
わたしの通っていた小学校では、3年生頃に「サンタクロースはいるかいないか」というこの問いを題に、学級会が開かれた。確かあれは、「ぼくは、夜中にサンタクロースを見た。あれはお父さんだった。」という子もいれば「わたしだって、サンタクロースをみた。でもあれは、我が家の誰でもなかったし、翌日には英語で書かれた手紙だってあった。」という子もいて、結局その年のクリスマスに持ち越されることになった。
ちなみに、東北の地の冬休みはクリスマスよりも前に始まり、成人式の後に終わるもんだから、年明けにはお年玉で買ったおもちゃや旅行の思い出話に勤しむことになって、あの話し合いは再燃されなかった。よいディベート材料を見つけて盛り上げ、結論の出ない話し合いをそっと鎮火させた当時の担任の手の上で、わたしたちはすっかり転がされていた。今となっては、ふふふと笑える良い思い出。
あの学級会。わたしは「サンタクロースはいる」という立場にいた。でも、サンタクロースが絶対にいると信じきっていたかというとそうでもなかった。それよりも、信じていないとプレゼントがもらえなくなるんだろうな……なんていう下心の方が大きかった記憶がある。
というのも、わが家には妹が2人いる。1人は3つ下で、もうひとりは7つ下。わたしが「サンタクロースって実は……」なんてことを言い出したら、わたしだけにサンタクロースがきてくれなくなってしまうのではないかと思うと、なんだか悔しい気がしたのだ。
我が家はゲームとかそういうのは一切買ってくれなかったから、ファミコンもプレステも持っていなかった。でも、「これはきっと買ってもらえないだろうな……」なんていうゲーム機やそのカセットも、両親ではなくサンタクロースにわたしが直接手紙を書くんだから、絶対にもらえる。
そんな一大イベントを「サンタクロースって実は……」なんていうひと言で、自分から終わらせるなんてそんなことはしたくない。そう思っていたのだ。
あれから数年が経って、中学に入った。それでも、一番下の妹はまだ幼稚園児。さすがにわたしだってサンタクロースの正体には気付いていたけれど、妹の夢を壊すわけにいかない。そして、ノリノリで便箋とペンを用意する母の姿に、これは「今年も信じているフリをしていた方がいいんだろうな」そう思ったわたしは、この年も妹2人と一緒に、サンタクロースへ手紙を書いた。
紺色のダッフルコートをください。
この手紙を書く数日前、家族で伊勢丹に行ったときのこと。当時かわいいと思っていた洋服ブランドの前を通り過ぎると、マネキンが紺色のロング丈のダッフルコートを着ていた。
当時のわたしは小学生の頃に買ってもらったメゾピアノのチェック柄のコートを着ていたのだけれど、ショーウィンドウに反射して映る私の姿はとても幼く見えて、その隣にいるマネキンがずっと大人に見えた。
もう中学生になったんだから、妹とお揃いのメゾピアノは卒業しよう。そう誓って、手紙を書いた。
手紙を書いてから数日後、妹たちが寝静まると、父からリビングに来るよう言われた。
「ここに座りなさい。」
そう言った父の顔は、厳しかった。(なにかやらかしたっけ……)ドキドキしながら父を見ると、こう続けた。
「実はね、サンタクロースの正体はパパたちなんだよ。今年の手紙は、パパが預かったけど、もうsanmariが欲しいものを想像して隠し続けるのは難しいと思うんだ。だから、妹たちが信じている間は、ママと2人でプレゼントを買いに行ってくれないかな。」
気がつくと、わたしの両頬には涙がツーッと伝ってきていて、胸がキュウっと苦しくなっていた。
「さすがに、中学生になってもサンタクロースを信じているっていうのは、ちょっとやばいと思ったんだよね」
父は慌ててもうひと言加えるが、わたしの胸は、なおもキュウっと苦しいままで、とめどなく涙が溢れた。
サンタクロースの正体には、その数年前から気付いていたというのに。それでも、面と向かって「それはいない」と言われたことは、ちょっぴりショックだった。
「わたしも、知っていたよ。話してくれてありがとう。あ、ちゃんと妹たちの前では信じてるフリ続けるからね。」
そう言って、部屋に戻った。
忖度不要だったサンタクロースからのプレゼントの価値が変わってしまったことももちろん悲しかったのだけれど、いるのかいないのかについてわたしなりに一生懸命葛藤した結果の行動全部が否定されたような気持ちになって、それが自分で思っていた以上にグサリと突き刺さってしまったのだ。
父だって、「娘がこの歳になってもファンタジーを信じすぎている」という状況をどうしたもんかと考えた結果のあの説明だったのだろう。頭では分かっていても、やっぱり悲しかったから、わたしはどこか心の片隅でサンタクロースを信じていたのかもしれない。
翌週、妹が習い事で家にいないタイミングに、母と2人で伊勢丹に行った。「このコートが欲しかったんだよね」そう言うと「あら、センス良くなったじゃない。お姉ちゃんぽくていいわ」と試着をすすめてもらった。
ちょっぴりオトナなそのコートは裾の長さが合わなくて、お直しをしてから受け取ることになった。
帰り道、「パパも、あんなストレートに言わなくたっていいのにね。sanmariだって、妹たちのこととかいろいろ考えて信じているフリをしてくれてたんでしょ?それくらい、わたしは分かってたけどなぁ。」と母は笑っていた。
そして、「あのコートはサンタさんからのプレゼントだからね。わたしが受け取って、車のトランクに入れておくわね。隠し場所を教えてあげるのは、あなたがちょっぴりオトナの仲間入りをしたからよ」と言いながら車のアクセルを踏んだ。
あれから大学進学のタイミングで実家を出るまでの数年、クリスマスの前には必ず母と2人でデートをするようになった。そして、わたしのプレゼントを一緒に選んだ。必ずそれは、ラッピング付きで受け取った。それから、プレゼントの隠し場所を2人で決めて、ドキドキわくわくしながら、サンタクロースのやってくる日を待った。
プレゼントを選ぶときにちょっぴり忖度するようになったけれど、もう胸はキュウっとしない。わたしは、プレゼントももらえてサンタクロースにもなれる、贅沢な権利を獲得してしまったから。
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