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南インドでわたしは。-世界の限界を超えたとき-
おどろきと戸惑いで、文字通り目が点になった。彼女の世界の境界線が、風船を膨らますようにふわっとわたしの方へやってきた。
成田から6時間かけてバンコクに入ったわたしは、その足でチェンナイ行きの飛行機に乗り換えた。空港は、とにかく人、人、人……。
人の間をくぐり抜けてカウンターへ行き「I'm deaf. I want to assist to write this note. 」とお願いをしてPriority seatに座る。カウンターのお姉様方が夜ご飯を頬張りながら仕事をしていて、時折わたしの方を確認してはにこにこしてくれる。
周りは、ほとんどインド人。「あ、日本人かな?」と思ってもパスポートを見るとタイのパスポート。
ありゃりゃ。
日本人なのにもう日本人が見分けられなくなっている。
そんなことを思いながらなんとか搭乗すると、わたしの座席の横は綺麗な顔立ちをしたインド人の女性とかわいい女の子。通路を挟んで向かいに女の子のお父さんらしき人が座っていた。
席に座るやいなや、女性がわたしの方をちらちらとながめてくる。
ちょいと勇気を出して先ほどカウンターで見せたメモを彼女にも見せる。
I'm deaf.
I want to assist to write this note.
彼女は二度頷いた後、突然手を動かし始めた。「わたしはインド手話がわかるのよ。ちなみに、インドはこれね」と。
おどろきと戸惑いで、文字通り目が点になった。そして、彼女の世界の境界線が、風船を膨らますようにふわっとわたしの方へやってきた。
インドの手話と日本の手話はもちろん違うから、全部は分からない。筆談を交えながら、話をしていく。
・従兄弟の誕生日パーティーのためにバンコクへ来た。
・娘は4歳。彼女も昨日が誕生日。
・家はチェンナイにある。
そう言いながら、バンコク滞在中の写真を見せてくれたりFacebookのアカウントを教えあったりした。
きこえにくいし、英語は苦手だし、インドはこわい。緊張のピークだったトランジット後のフライト。
でも、「きこえない」と言って助けを求めるわたしに彼女は驚きも戸惑いもせず、あたかも当然であるかのように手話や筆談を使ってコミュニケーションを取ってくれた。
日本にいたら「あ。触れてはいけないものに触れてしまった。」みたいな顔をされるだろうし、バンコク行きの飛行機でもタイ人にきこえないことを話すとバツの悪そうな顔をされてしまった。
言語は世界の限界だ。
とウェルトゲンシュタインが言ったらしい。
音声だけでなく文字や手話を駆使しながらコミュニケーションを始めた瞬間に、彼女の世界がわたしの方へやってきた。限界の場所が一気に変わってしまって、目が点になっている間のわたしは、びっくりもしたけれど本当に嬉しかったのだ。
自分の英語力の低さを猛烈に悔やみつつ。
わたしの世界を広げる方法は、何も音声だけじゃない。書記英語だったり現地の手話だったりたくさんある。
「わたしはずっと日本に住むし、日本語だけでいいや」
なんて言って逃げずに、わたしの世界へ寄ってくれる人の方へ歩み寄れるだけの英語力が欲しい。
まぁ、でも、インドですからね。
フライトはある程度の富裕層が乗っているからいいものの、街中では信じすぎには注意。あと、シャワーのお湯を間違えて飲むことにも注意をしていきたい所存でございます。
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