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「夢幻回航」 13回 酎ハイ呑兵衛

外国の魔術、呪術系の団体も、表向きは正常な団体であるから、ある程度はインターネットで調べられる。
Webでコマーシャルを打つのは、この業界でも、極めて常識的な手段である。
淳也は自分の部屋で、パソコンに向かって調査をしていた。
ネットの噂はあてにはならないが、何もないところに噂は立たないものである。
それ故に、調査の取っ掛かりになるのではないだろうか。

淳也が、テーブル上のパソコンのキーボードを叩いていると、姉の順子が、食事を用意して、持ってきてくれた。
この辺りは沙都子とは大きな違いである。
順子は意外と家庭的な一面も兼ね備えている。
戦闘スタイルの荒々しさからは、想像することは出来ないだろうが、こういったところが、淳也がなかなか彼女を作らない原因かも知れない。
姉が何でもやってしまうので、一緒にいると、本当に楽なのだ。
シスコンとブラコンのコンビと言って、仲間にからかわれたりする原因でもある。

「ありがとう」
淳也はご飯と焼き魚と、味噌汁のことをお盆に載せたセットを受け取る。
順子は自分の分も取ってきて、淳也の部屋で一緒に食べようということらしい。
淳也は構わずに、パソコンで調べ物を続けていたが、順子が、「一緒に食べましょう」と言って、箸をつけたので、淳也もパソコンから手を離して、食事を始めた。

「どう?」
「ん?」
淳也は食事のことを聞かれたのか、調査のことを聞かれたのか、判断に迷った。
「食事、今日のは鮎よ。めったに売っていないんだからね!」
と、順子が言ったものだから、ああそうかと思い、淳也は答えた。
「美味しいよ。それにしても順子は料理がうまいのに、どうして…」
途中まで言いかけて、順子の顔色が変わったので、不味いことに触れたのだと気がついて、それ以上言葉にするのをやめておいた。

何度も書くが、この姉弟は、互いのことを名前で呼ぶ。
姉弟だが、淳也は順子を姉と呼ぶことはなく、順子は淳也を弟と呼ぶことはなかった。
その分二人の信頼は厚く、互いを仕事のパートナーとして信頼していた。
だがその様子は、周りの人から見れば、恋人や、夫婦に見えるわけである。
不思議なことに、2人はその関係を解消しようとは思わなかったから、あらぬ噂もたてられた。
2人が、姉弟で、如何わしい関係なのではないかと、そういった噂もたてられていた。
2人はそれを知っていたし、それでも何も手を打とうと言うことはなかった。

「どうなの?」
今度は調査の進み具合だろう。
「まだ始めたばかりだよ。それにネットだけじゃ、ろくな情報も手に入らないよ」
淳也はため息混じりに答えた。
順子もがっかりした様子で、溜息で、それに答えた。

順子は「食べてからにしよう」と言って、鮎に箸をすすめた。
本当に美味しい鮎だった。
さすがに市内で、鮎の養殖をやっているだけの事がある。
二人の住む市では、海水魚の陸上養殖も行っている。

温泉地も近くにあって、塩分やミネラル分などの利点があり、ふぐの陸上養殖も行われている。
ふぐにはテトロドトキシンという神経毒があるが、ふぐ自体に毒性があるのでは無く、摂取する食べ物によって、ふぐの体内に毒がたまってゆくのである。
つまり、毒を発生させない食べ物を与え続ければ、毒のないふぐが食べられるのである。
このやり方で育てると、ふぐの肝などが、安心して食べられるようになるのだ。

たまに二人して食べにいくのだが、それがこの二人の、唯一の贅沢だった。
この姉弟、本当に仲が良すぎて、近親相姦を疑う者も居たが、その辺のモラルは、この二人は守れている。
というか、本当に仲の良い友達的な関係である。

鮎に舌鼓を打って、ご飯を平らげて、味噌汁まで堪能し、淳也は満足して、箸を置いた。
順子も自分の料理に納得のいった様子で、ごちそうさまを言ってから、箸を置いて、後片付けに入った。

淳也は満足したら、急に眠気がさしてきたので、パソコンを閉じて、居間に移動した。
テレビで一日のニュースをチェックするのが、彼に日課だ。

順子にばかり家事をやらせているように見えるが、実は交代でやっている。
ただ、淳也が担当の時はレトルトが多くなるので、順子はそれを嫌って、自分でやってしまう事が多くなるのだ。
淳也も料理などは出来るが、面倒くさがりなので、結局レトルト食品である。
順子は、美容と健康は食事から!と言う考えにはまっているために、自分で作った食事を摂る事が最良と思っているのだ。
その辺りは、やはり、沙都子とは違う。

先ほどの相手は、おかしな気質のエネルギーを含んだものを、攻撃に使っていたな。
順子は先の戦闘を思い出して、また、自分なりの分析の世界へと脳を稼働させていた。
相手は何者なのか。
よく戦う鬼とは違った、魔の気質を持つものと言った所か。

こんな世界に居ると、魔のものと接する機会が、常人よりもはるかに多い。
でも、順子が今までに戦った相手とは、明らかに何かが違っていた。
攻撃の仕方にも違和感があった。
鬼ならば、自らの肉体の頑強さを知っているので、先ず前面に出て戦闘を行う。
だが、今回の相手は、身を潜めての戦闘である。

淳也のテクニックもあって、今回は幸いにも攻撃を綺麗に躱していたが、おそらくまともに食らっていれば、常人ならば即死を免れないような攻撃であった。
おそらく順子でも、かなりの痛手を負っていたであろう攻撃力。
それなのに、相手は身を隠して攻撃してきた。
その辺に、攻略の糸口がありそうである。

順子なりの推測だと、多分当たっているのではないかと思うのだが、防御力が弱い、身体が頑強ではない、力勝負にでもなれば自信が無い、と言うところだろうか。
そうなってくると、戦い方も違ってくる。
攻撃を上手く躱すか、防御策さえとれれば、攻め手はいくらでもある。
順子の目は、うつろにテレビを見ながら、頭の中は次の戦闘のための戦略を考えるのにフル稼働していた。

里神翔子は、作戦のための根城にしているマンションの部屋にいた。
明かりを薄暗くして、3面あるパソコンの画面を眺めていた。
世機と沙都子のデータを見ているのだ。
プロフィールを確認して、攻略の糸口を探っていた。

鬼たちは、また違った仕事をしているようだ。
ここに居るのは、里神翔子一人だけだった。

玄関の鍵が開けられる音がして、別の仲間だ6人ほど入ってきた。
かなり大きくて広い物件を借りてはいたが、6人も入ってこられると、かなり手狭に感じる。
里神翔子は、あからさまに嫌な顔を見せて、新たな客を迎えた。
部屋を明るくして、PCの電源を落とした。
自分が何に悩んで、何をしようとしているのかを、他人に見られるのは面白くなかった。

6人の背格好は、同じように見える。
そう見えるように、全員が、灰色の、大きめなパーカーを着込み、同じ色のかなり余裕のあるズボンを履いていた。

男か女かは、見ただけではわからないようにしている。
そのための服装でもあった。

里神は、この薄気味悪い連中に、声をかけてみる気になった。
「首尾はどうだった?」
6人のうちの一人が、目深にかぶったフードを取り払い、顔を晒した。
色白の、赤髪の、里神よりも少し若い感じの女性だった。
色が白いから、余計に髪と唇の赤が目立った。
身長は168センチ程度で、スレンダーな体型をしていた。
シャープな顎に、鋭い釣り目の、癖のある美人だった。
里神はまた、面白くなさそうに言った。
「協会の奴らの実力はどうだった?」
「逃げられた」
女は答えた。
こいつがリーダーなのか?
里神はこのチームと組んだ仕事は初めてだった。

「実力を聞いたんだけど?」
「実力はかなりある。場数を踏んだ戦士だ。攻撃が、ことごとく躱された」
女は機械的に言った。
事務的を通り越して、まるでコンピュータの音声を聞いているように無機質で、無感情で、機械的だった。

「6人がかりでもだめだったの?次は、頑張ってね」
里神は嫌味のつもりで言ったのだが、この女にはこたえなかったようである。
女は里神を無視して、中央のソファーに座った。
それを合図に、他の5人が、ソファーに座る。

まったくいけ好かない奴らだ!
里神がこの連中に、好印象を抱かなかった。
女の名前は、里神には知らされていなかった。
ただ、コードネームが知れていた。
コードネーム赤髪の吸血鬼。
それがこの女の二つ名だった。

この女のほかは、フードを外さなかった。
あくまでも、正体を隠しておきたいということなのか、それとも、無個性を演出したいのか?なんの意味がある?
自分たちは、完全なるチームで、統率が取れているとでも言いたいのか?
里神翔子は、非常にイライラしながら、応対していた。

「今回は、殺るのが目的ではない」
赤髪の吸血鬼は、眼光を鋭く、遠くを見つめるようにして言う。
「様子見が目的だった?」
言って、里神は、笑った。
椅子の背もたれに、両腕を引っ掛けて、だらりと脱力してみせる。
やってられないわ!と言いたげに、嫌味ったらしい態度を見せた。

自分でも、世機と沙都子に勝ちきれなかったのが悔しいのか、本当に苛立って、落ち着かなかった。
いつもならば、たとえ負けていたとしても、これほどまでには、気持ちが逆なでされることはなかった。
戦っている最中に、沙都子に対して奇妙な親近感があったが、自分に近い戦い方をする彼女に、次第に苛立ちを覚えるようになっていったのだ。
半身を見つけたような、好敵手とでも言うか、そういった相手に巡り合った気がして、だから勝ちきれないのが苛立った。

その苛立ちを、赤髪の吸血鬼に向けていた。
この女も、実力はありそうだが、沙都子ほどには興味はわかなかった。
それほどの魅力は、赤髪の吸血鬼にはなかった。
里神は、お酒が飲みたくなったので、ウイスキーの瓶と、冷蔵庫に冷やしておいた炭酸を、グラスとともに持ってきて、自分でグラスに注いだ。

「アンタたちもやりたいんなら、奢ってやるはよ」
里神は声をかけたが、赤髪の吸血鬼をはじめ、パーカー姿の者たちは、答える者は居なかった。
「つまんない奴ら!」
里神翔子は声に出して言ってから、グラスに注いだ文を半分まで飲み干した。
高級なウイスキーだったが、今日は大して美味しく感じられなかった。
それから、コイツラをどこに寝かせようかと、頭を回したが、パーカー姿の者たちは、休ませてもらう、と言って、勝手に空いている部屋に入っていった。
なぜそこが空き部屋だと分かったのだろう?などと不思議がるほど、里神は事情がわからない女ではなかった。
こういった仕事をやっていると、妙に感が鋭くなる。
多分そういったもので、コイツラも感が鋭く働いたのだろうくらいに思った。

そして、あることに気がついた。
「ちょっと、あんたら、ひと仕事したんなら、風呂くらい入りな!最低でもシャワーくらいは浴びなよ!」
「お前は私達のママか?」
赤髪の吸血鬼の声が聞こえた。

一方、沙都子と世機も、酒を飲みながら、2人で何かを調べていた。
連盟のデータベースを使って、鬼の術について、珍しい事例を特にピックアップして調べていた。
それともう一つ。
里神翔子について、もう少し知っておく必要があった。

相手について知ることは、戦略の一つである。
この2人が、若手のうちから注目されたのは、術の実力だけではなく、こういった細かな調査、戦略などに寄るところが大きい。
地道な努力が、生き残るための秘策、彼らの師匠の教えである。
師匠の教育が、2人には充分に染み付いていた。

「沙都子、なにか分かった?」
世機が、相向かいに座って、ノートパソコンの画面を見つめている、沙都子に向かって言葉をかけた。
沙都子は左手で頭を掻きながら、「ゔぁー」と声を上げた。
「パソコンじゃだめ」
「よく、あのチンチクリンはこんな仕事やってられる!」
中村紅葉のことである。
沙都子とは合わない性格。
いや、案外合っているのかも知れないなと、世機は思っていたが、本人たちは合わない性格と思っているのかも知れない。
見た目も全然違うし、仕事にスタイルも違う。
人生観、人間に対する考え方が違っているのだから、当たり前と言えばそうなのだろう。

「そっちは?」沙都子が世機に声をかける。
「全然だね」
世機は、自分で注いだウイスキーを、ソーダで割ったものを、口にした。
術師には、酒を愛する人が多い。
酒は人生を豊かにする、などという理由ではない。
緊張した状態を、強制的に弛緩させるためである。
体の力を適度に抜き、精神の緊張を解すために酒を飲むのだ。
だから、決して、酔いつぶれるために飲むわけではない。
千鳥足になって、不覚を取るような飲み方はしない。
飲むときも、グラスで2〜3杯といったところだ。
一般的に、呪術師は、集まって飲むこともめったにない。
沙都子は寂しい集団と言っているが、自分も、世機以外とはあまり飲むことはないのだから、自身も寂しい集団の一人なのだ。

「ひとつだけ、分かったことがある」
世機が、パソコンを眺めながら言う。
沙都子は世機に視線を向け、次の言葉を待った。
「猶ちゃんをやった鬼だけど、精神感応型もいるらしい」
「精神感応型って」
「テレパシーのようなものを使えて、人を操る者もいるらしいんだよ」
言ってから、パソコンのディスプレイを、沙都子の方に向けた。
沙都子も、世機の発見した記事を、じっくりと読んだ。

「厄介ね」
「厄介だね」
精神攻撃で、操られでもしたら、戦いが不利になるどころか、互いを殺し合う結果になるかも知れない。
さらにその場で、自殺させられることになるかも知れない。
そんな事になったら、戦いようもない。
精神の方はそれなりに修行で鍛えてはいるが、どれほどの効果があるかわからない。
もっと自衛策を講じなければ、戦えないということだ。

「精神系の得意なやつって居たっけ?」
と、世機。
「居るじゃない、とっておきのが!」
沙都子が素早く切り返してくる。
「いたな!」
世機も返す。
2人は同じ人物を思い出していた。
「槇!」
ほとんど同時に声を上げた。
沙都子の妹、世機にとっても妹のような兄妹弟子でもある。
沙都子と結婚すれば、義妹ということになる。

槇はこういった精神攻撃や、メンタル強化の防御策が得意戦術だった。
槇ならばうってつけだ。
頼んでみようか。
「連絡取ってみる?」
沙都子が言う。
「受けてくれるかな」
世機は少し、自信がなかった。
彼女は今、表の仕事がかなり順調で、大変忙しいのだ。
それに、もともとこの世界があまり好きではなかった。
常々抜け出したいと言っていた。
だから、沙都子は彼女を巻き込みたくはなかったし、世機もそうだった。
だが、背に腹はかえられない。

沙都子は電話機に手を伸ばしたが、時計を見て、通話ではなく、メールにした。
メッセージを送信する。
この時間、多分槇は仕事の真っ最中だ。
手芸の本を出版するとか言っていた。
記事にする作品を作っていたり、手順を撮影することが忙しいらしい。
沙都子はこの間、槇に電話した時に言っていたのを思い出したからだ。

30分ほどしてから、返事があった。
時間指定が書かれていた。
忙しいから、明日の15時位に自分の部屋に来いと、メッセージにあった。
仕事に参加してくれるかどうかわからないが、アドバイザーが出来たのは、心強い。
ネットでの調査、リサーチなど役に立たないとばかりに、2人はパソコンを閉じて、残ったウイスキーを飲み干し、眠るまでの残り時間を、2人で堪能することに決めた。
世機と沙都子は、久しぶりに濃密な夜を過ごした。
戦闘の前になると、昂ぶってしまう者もあるが、2人の場合は少し違っていた。
強敵を前に、互いが今生の別れになるのではないかという不安から、求め合うのだ。
今回の敵は、今までのものとは違って、どこか得体が知れなかった。
そして2人は、ベットにも行かずに、そのまま毛布にくるまって、ソファーで寝てしまった。


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