見出し画像

「夢幻回航」15回 酎ハイ呑兵衛


武器ショップのオーナー兼店長である西園寺時子は、小柄なメガネっ娘だった。
丸顔に、色白の、愛嬌のある女性だった。
美人とは言い難かったが、相手くらいは居るのだろうなと思わせるほど、可愛らしい女性であったが、このメガネっ娘、実は沙都子よりも5歳年上だったし、さらに、既婚者でもあった。
子供が3人ほどいるのだが、とてもそうは見えない。
沙都子はそういった所にも敏感だった。

西園寺時子と、夜羽沙都子は、合う度に、いつもじゃれ合っていたが、仲が悪いというわけではなかった。
端から見れば喧嘩にしか見えないそれも、本人達はスキンシップだと言っていたし、実際に、沙都子は時子とよく連絡を取り合っていた。
ちびっ子とか、デカ女とか、互いの事を呼び合っている割には、本当に姉妹みたいに仲の良い2人だった。
それは、実の妹である槇もうらやむほどの間柄だった。

「あれー、店長の西園寺時子さんはどこに居るのかなー」
沙都子が意地悪そうな声かけをした。
時子はそれに気が付いたが、あえて無視を決め込む。

「ミジンコみたいに消えて無くなったかな?」
沙都子は本当に意地が悪い。
いじめっ子の素質がある。
二人の間柄を知っていたから、世機は笑いをこらえるのに必死だった。
西園寺時子は、額に青筋を立てながら、それでも、沙都子の言葉に耐えてみせる。
きっと、上手い切り返しを考えているのだ。
その間に、沙都子はもう一撃。
「出て来ないと、踏み潰しちゃうかも」
そう言って、時子に近付いて、軽くぶつかる。

時子が切り返しに手間取っているので、相棒の沙都子が助け船を出してやったのだ。
それも、最悪の助け船だった。
予想通りに西園寺時子は、最低の切り返しを入れてきた。
「てぇーな、あーいてぇ、折れちまった!」
言ってる本人が、はめられた事に気が付いて、赤面した。
沙都子は笑い出して、「お前の頭は大きさだけじゃ無く、ミジンコ並みか?」
と言って手を叩いた。

西園寺時子はまるで火を噴き出しそうな真っ赤な顔になって、まるで頭から湯気でも出そうである。
地団駄を踏む姿が、少女のようでいじり甲斐がある。
沙都子はそういったつもりで、時子を構って遊んでいた。
時子の方が年上なのだが、それを感じさせないのは、容姿だけではなく、性格や言動もあった。

沙都子は、本当は羨ましかったのかもしれない。
子供の頃から、身体が大きかった事もあり、同年代の小柄な女の子が着るような服装に、あこがれも抱いていていたから、時子や紅葉のような存在は、憧れだったのだ。
反対に、紅葉や時子の方も、沙都子のような背の高い、スレンダーな、格好いいタイプの女子に憧れていたから、互いにおあいこと言ったところか。

「ね!御守り付きのナイフってある?」
沙都子が親しげに尋ねる。
「御座いますよ。こちらです」
時子は事務的に言って、手近なナイフを一本手にして、沙都子に見せた。

ナイフを見た瞬間、沙都子はすべてを悟った。
値札を注意して見ると、予定額よりも、0が2個ばかり多い。
沙都子の目が、鋭く光る。
ー 時子の奴、1円だってまける気がない!ー
さらに事務口調で、別のナイフを薦めてくる。
時子の口元がニンマリと微笑む。
まけてなんかやらん!目がそう言っていた。

沙都子は「チッ」と、舌打ちして時子を睨んだ。
時子は、フーッと溜め息をつき、仕方がないなという表情で肩をすくめて見せた。
「仕方がない、このナイフ、12万円で良いわ」
と言って、定価通りに価格を指定する。
あくまでも、割引価格にする気は無いらしい。
今度は沙都子が溜め息をついて、時子に、仕方がないなと言いながら、肩をすくめて見せた。
「仕方がない、そのさっきのナイフ、値引きなんてしなくて良いよ。6万円で買ってあげる」
と言いながら、財布から現金を取り出して、チラ見せする。
時子は真っ赤な顔でそれを否定して、値札を指さした。

いつまでこの漫才が続くのだろうかと、世機は興味の尽きないところだが、この二人のやりとりは、いつまでも続きそうなので、割って入る事にした。

「どれを購入するか、話しはついたかい?」
「ついていない」
「ついてない」
世機の問いかけに、二人は同時に答えた。
息がピッタリな相棒同士のように、素晴らしいシンクロぶりである。
世機は苦笑を交えつつ、早く決めろよと、心の中で呟いた。
心の声がもし外に漏れてしまうと、沙都子や西園寺時子と間に歪みが生じると思うと、思った言葉も口には出来なかった。

「沙都子はどんな能力の武器が欲しいんだ」
世機は早くこの場を抜け出したいと思っていたから、質問を浴びせた。
「防御と攻撃を兼ね備えた物が欲しいのよ」
防御と攻撃。
防御護符と、攻撃力増大か。
普通、武器に付与される能力は、複数という事はあり得ない。
防御なら、防御だけである。
なぜならば、武器は、それ自体攻撃力があるから、付与するならば、攻撃力増大か、防御である。
防御に関しては、シールドに当たるアイテムを持つのが普通であるから、防御と攻撃の護符を同時に使う事は、先ずあり得ないのだ。

「難しいよ」
時子は真顔で言った。
沙都子とのじゃれ合いは、一時停止いたらしい。
やっと真面な話が出来ると、世機は喜んだ。

「難しいって事は、出来るの?」
沙都子が言った。
沙都子は実は、時子の武器制作者としての実力を、高く評価していた。
彼女に不可能と言われたら、諦めるつもりで来た。
だが、彼女は難しいと言った。
出来ないではない、難しいと言ったのだ。
つまり、難しいが、やってやれない訳ではない。
つまり、作れるという事だ。
世機も沙都子も、時子の実力を知っていたが、今回はさすがと言うほかは無かった。

「どのくらいで頼める?」
沙都子が言う。
沙都子の言うのは、制作期間の事だが、時子は別の意味に取ったらしい。
「料金なら、12万プラス工賃で16万円でどう?」
「高すぎるよ、友達のよしみで、もう少しまけてよ」
沙都子は食い下がったが、時子は意地悪く首を振った。

「守銭奴!」
言ってみたが、時子の返答に、沙都子は何も反応できなくなってしまう。
「あんた、この前、13万のお札のセット120枚、どうせ自分で書けるし、仕方なく在庫処分に付き合ってあげるって言って、半額に値切ったじゃない?それでおあいこよ。お札もかけない術師だって言いふらされたくないでしょ?」
この言葉に、沙都子はぐうの音も出なかった。
時子は勝利の笑顔を浮かべて、反対に沙都子は苦虫を噛みつぶした。

「決着が付いたかい?」
世機が声をかけると、2人は揃って声を上げた。
「わたしの勝ち!」
と、時子。
「決着なんて付いていないわ」
と、沙都子が、ほぼ同時に声を発した。
漫才に決着は無いのか。
世機は苦笑を隠しきれなかった。

沙都子は、時子が最初に出したナイフを手に取って、これが良いと言って、時子に手渡した。
刃渡り30センチの、戦闘用、と言うよりも、狩猟用のサバイバルナイフである。
こんな物を持っていれば、間違いなく銃刀法違反である。
沙都子はこれを選んだ。

時子が二番目に出してきたナイフは、刃渡り25センチ程度だったが、こちらも間違いなく銃刀法に違反する。
職質されて見つかれば、即逮捕である。
沙都子は、これらのナイフを二つとも買いたいと言った。

一つは、30センチの方は防御呪文で、25センチの方は一撃必中の呪文が良いと、注文を出した。
それと、あと一つ、沙都子から時子への注文があった。
それは、なんのために武器として、ナイフを買うのかがわからなくなってしまうほどの内容だった。
「ナイフの刃を、まるめて欲しいの」
沙都子が何を言ったのかを説明すると、ナイフの刃を、切れないように潰して欲しいと言う事であった。
どうしてこのような事を頼むのだろうか。
それは、先ほどの銃刀法と、それ以外には、彼女の戦闘スタイルに、切れ阿木抜群の、ナイフの刃は、必要無かったのだ。

頃左図の近いというわけでは無い。
得物に刃が付いていると、彼女の霊力が削がれてしまうのだ。
沙都子の力には、そういった縛りがある。
彼女は、武器が持てないのだ。
制約とか、そういった類いのものではない。
単純に、沙都子の力は、武器と相性が悪いのだ。
ではなぜ、そのような状況なのに、武器をほしがるのか?
その使い方は、鈍器としてと言うのと、相手の目を眩ますための、フェイクとして、牽制として、役に立つのでは無いかと思ったからだ。
だから、沙都子は武器をほしがった。
そして、どうせ持つならば、防御とその他の能力を与えられたら良いなと、そういった必然性である。

世機にも時子にも、その事はわかっていたので、先ほどの漫才になったわけである。
時子も、この業界に入ってきたのには、それなりに辛い過去というものが有った。
沙都子も世機も、そういった過去を持っていたが、時子にも、もちろんあった。
時子は多くは語らなかったが、沙都子や世機よりは凄惨な事件がらみの、トラウマでも残りそうな事件に関与していたらしい。

もっとも、時子はその事件の時は未成年の13歳程度であったから、当然加害者と言う事は無かった。
紅葉と違って、性的な事件というわけでも無い。
猟奇殺人事件の被害者。
監禁されて、殺されてしまう寸前に、保護されたと言う事であった。

監禁されている間に、次々と殺されてゆく仲間達の死体を見せつけられて、13歳の少女が正気を保てるはずも無かった。
彼女の場合は、紅葉と違って、病院に通い続ける事も必要無かったが、それでも重い障害を、脳に与えた。
精神科に毎月通う事も無かったが、時々、悪夢にうなされた。

発見してくれた警察官が、術師の知り合いで、偶然に、彼女の救出劇の時に、警察官と術者が一緒だったので、時子を見た瞬間に、彼女の才能に気がついなのである。

実は、そのときに一緒だった呪術師というのが、沙都子や世機の師匠である稜華であった。
稜華は、その時既に、沙都子や世機、槇を指導していたから、手一杯だという事で、時子は稜華の師匠に委ねる事になったのだ。

稜華は弟子の3人を連れて、たまに師匠の元を訪れていたので、4人は面識があった。
子供の頃はよく術比べをして遊んだ者である。
幼馴染み。
数少ない幼少期からの友達同士だった。
だからという事も有って、沙都子はもう一度、値切り交渉をやってみた。
普通だったら、友達の店で値切り交渉というのも気が退ける物だったが、時子の方も少し暗いまけてやっても良いのではないかと思った。

沙都子の財政が逼迫しているのは、世機にはよく理解できていたから、沙都子のしつこいくらいの食い下がりに、笑い出したいのを必死でこらえていた。
本来経済観念は、女性の方があるとは言われているが、沙都子には、軽い浪費癖があった。
浪費癖と言っても、それほど深刻なものではなかったが、無視できる程度の物でも無かった。
故に世機が、彼女の口座に制限を決めて、管理は世機がやっていた。

「わかったわ、あんたは友達だものね。2本で16万。これ以上は、こっちも生活いがあるから」
時子は言った。
これだけまけても、術の付与と、刃の加工代はしっかり出ている事から、かなり儲けがあるのだろうと思ったが、そうでは無かった。
殆どは人件費である。
この場合、店長である西園寺時子が加工を全て行っていたから、彼女の工賃だった。

西園寺時子としても、自分の腕を安く売ってしまうような事はしたくなかったから、如何に友達といえども、そんなに簡単には、割引価格で作業をしてあげる事は出来なかったのである。
互いに納得の出来る価格帯であった事から、西園寺時子の提案で、沙都子は妥協する事にした。

契約書にサインする前に、細かな仕様や、オプションの違いを指定して、契約書にサインした。
西園寺時子は、抜け目なく手をすり合わせて、スマホの電卓アプリで数値を叩いて提示した。

沙都子は仕方なく頷いて、財布から現金を取り出して渡した。

今時、キャッシュレスじゃ無い決済法を取るわけは、クレジットなどにしておくと、いつ死ぬかわからない仕事なので、支払いが滞る事があると言って、カード会社が承認してくれないのだ。
故に、この業界では、プリペイドカードが主流であり、デビッドカードもまた、主流の一つだった。
沙都子はカードを嫌ったので、出来るだけ、現金で払うようにしていた。

それは、西園寺時子にとっても、大変都合が良かった。
実はこの、西園寺時子の運営するサバイバルショップは、殆ど仕事の片手間のような物で、いわば趣味のような物で、大して利益も上げられていなかった。
沙都子もそれはわかっていたが、自分の財政難と、西園寺時子への信頼と、それに何と行っても、先ほどのような、漫才のような駆け引きが楽しくて、ついついこのショップに足を運んでしまうのだ。
世機もその事については招致していたので、今回もなにも言わなかった。

契約を済ませて、用事も片が付いたので、沙都子は時子を食事に誘った。
気が付いたら、ランチタイムをとうに過ぎていた。
時子は店の戸締まりもせずに、すぐ隣の喫茶店に、2人を連れ出して、一緒に軽食を取る事にした。
この喫茶店は、呪術師連盟などとは関係の無い、普通の経営者が営む、ごく普通の喫茶店だった。
いくら連盟が大きな組織と言っても、それほどの福利厚生は無かった。

3人は、ドライカレーを頼んだ。
大盛りの選択が出来たので、3人は、大盛りを注文した。
サービスに、コーヒーが一杯付いてきた。
湯気の立つ、熱いコーヒーに舌鼓を打って、カレーも平らげて、一息ついたところで、沙都子が今関わっている事件のあらましを語って聞かせた。

西園寺時子は、沙都子に言葉に、じっと耳を傾けていたが、里神翔子の名前を聞いて、沙都子がナイフを必要としている理由を理解した。
鬼との戦いでは無い。
鬼との戦闘は、沙都子には必殺の武器もある。
師匠からならった、彼女専用の大技。
だが、里神翔子に対しては、決定打は無かった。
世機や沙都子の師匠である稜華は、鬼や化け物の倒し方は教えたが、対人戦闘は、あまり教えてはくれなかった。
何が違うのかというと、力加減である。
鬼はモンスターであるため、殺してしまっても、死体もすぐに消えてしまうし、罪にはならなかった。
だが、人間は、加減を間違えると、殺してしまうか寝ない。
だから、殺さないためにも、戦い方を工夫する事が必要なのだ。
でもどう戦うつもりなのだろう。
戦闘経験の差から、沙都子の野郎としている戦術が、今一つ理解できていないところがあった。

西園寺時子は、武器制作のためにも、もう少し、沙都子の要望や、やりたい事の意味を確かめておく必要があった。
どんな事を質問しようかと考えながらの食事は、西園寺時子に取っては、あまりおいしいものではなかった。
だが、考えないわけにもいかず。
それに、沙都子が心配だったから、せめてもの応援に、満足のいく武器くらいは用意してやりたかった。
西園寺時子は、食事を終えると、ポケットに隠し持っていたメモをとりだした。


ここから先は

0字
100円に設定していますが、全ての記事が無料で見られるはずです。 娯楽小説です。ちょっと息抜きに読んでください。

夢幻回航

100円

アクションホラーです。 小説ですが気軽に読んでいただける娯楽小説です。 仕事の合間や疲れた時の頭の清涼剤になれば嬉しいです。 気に入ってい…

この記事が参加している募集

サポートしていただければ嬉しいです。今後の活動に張り合いになります。