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【イベントレポ】前橋、アーツ前橋、New Horizon―歴史から未来へ

この記事は、2023年10月時点の情報をもとに作成している


アーツ前橋

前橋には今回はじめて訪れた。アーツ前橋という公立の美術館の存在は知っており、いつか訪れてみたいと思っていた。アーツ前橋は、2013年にオープンし、前橋における現代美術の発信拠点となっている。

同館は、2023年に開館10周年を迎えた。それを記念して、「New Horizon―歴史から未来へ」が開催された。展示会場はアーツ前橋だけではなく、前橋市内の他の施設も使用されている。およそ数百メートル四方のエリアに集約されており、徒歩圏内である。

New Horizon―歴史から未来へ
会期:2023年10月14日[土]-2024年2月12日[月・祝]

ここでは、その記念展について極めて主観的に気になったアーティストやその作品を観て考えたことを記している。すべての展示作品を紹介することを目的にしていない。今回の記念展に限らず、作品を観て、自分がどう考えたのかが大切だと考えている(それがアーティストの狙いと違っていたとしても)。

エリアマップ
(公式サイトで提供しているマップから引用)

「アーツさん」

一般的に作品には、その作品を理解をするための「解説」が添えられている。私は、作品をより理解したいので、この解説には必ず目を通すようにしている。こういった解説には、独自の「構文」があり、一読して理解し難いものがある。今回の展示館の解説には、独自の味がある印象を受けた。

かつて「新解さんの謎」(赤瀬川原平著)という作品が流行ったことがあった。『新明解国語辞典』のユニークな語釈や用例を紹介するもので、この辞典に人格があるかのように感じられることから、赤瀬川原平が「新解さん」と名付けた。

今回の解説にもその「新解さん」のような人格を感じた。積極的に鑑賞者に問いかけたり、新テクノロジーであるAI、メタバース、ブロックチェーンの単語を積極的に使ったり、いずれも書き手の存在と熱い主張を強く感じた。私はその人格に「アーツさん」と名付け、このアーツさんの解説と共に展示を楽しんだ。

会場 | アーツ前橋

五木田智央

おそらく五木田智央を知ったのは、TEI TOWA氏のアルバムジャケット。そして、はじめて観た五木田智央の展示は、DIC川村記念美術館で開催した「TOMOO GOKITA THE GREAT CIRCUS」だったと思う。これ以降、同氏の作品の展示を見る機会が増えた。今回は3つの作品が展示されている。

五木田智央

スプツニ子

遺伝子組み替えにより実現した発光するシルクを裁縫して制作したドレスの作品。この作品「Tranceflora」は、2015年にGUCCI新宿で観た。8年ぶりの再会である。作品もそのコンセプトも色褪せていない。

スプツニ子

レフィーク・アナドール

2022年にMoMAで公開され注目された「Unsupervised」を制作したアーティスト。MoMAの膨大なコレクションを撮影し、AIで学習し生成したメディアアート。

これは最も観たかった作品の一つ。実際に鑑賞してみると、鑑賞というよりは体感の方が正しいかもしれない。横9m×縦3mのLEDスクリーンに映し出されるビジュアルはもちろん、希望と絶望を同時に感じさせるようなサウンドも印象的で、それを身体で受けとめる体験をした。

同時に、何か大きなものに包まれるような感覚もあり、ひょっとすると将来の宗教体験は、こうした生成系の映像とサウンドも活用して実現するものになるのかもしれない。

会場 | 白井屋ホテル

今回の前橋滞在では白井屋ホテルに宿泊した。このホテルやここに展示されている作品については、別の記事で紹介しているので、そちらを参照して欲しい。

会場 | HOWZEビル

HOWZEビルはかつてのバブル期の建築だそうだ。外壁はくすんだ金色で、かつてそのビルのテナントが華やかな夜の店で占められていたことは、想像に難くない。このビルは現在未使用で、3つのフロアが展示会場として使用されていた。

WOW

WOW(ワウ)は、東京、仙台、ロンドンに拠点を置くビジュアルデザインスタジオ。1997年に設立され、CG映像、UI/UX デザイン、空間インスタレーション、プロダクトや建築など、さまざまな分野で活動している。

「Viewpoints-Light Bulb」は、裸電球と鏡を使った作品。一見すると無秩序に設置されているようにみえる電球付きのスタンド。電球は明滅を繰り返し、ある瞬間、ある視点から眺めると、文字通り水平の一筋の光(Horizon)が見える。

この作品の解説に、アーツさんの思いが滲み出ていた。「日本経済の失われた20年とともに長らくその時を止めていたが、本展で最上階にWOWが拓くホライズンのビジョンが、ビルのみならずエリア全体が再生へと転ずるターニングポイントになることを期待したい」

蜷川実花

展示作品は2つ。一つ目は「Breathing of Lives」で、元々キャバレーがあったフロアを利用した作品。当時のホールやステージをそのまま活かし、蝶、花、金魚をモチーフにネオン、ブラウン型テレビ、水槽で当時の艶やかであったであろう時間と、過ぎ去ってしまったその時間を表現。過去に誘い込むようなBGMがとても印象的。この空間の時空が歪んでいたのでは、と感じさせるくらい、現実から隔離された時間、空間が構築されていた。とてもよい作品だった。

2つ目の作品は「Fading into the Silence」。この作品は、造花と生花を使っている。永遠に咲き続ける花と、時間の経過とともに枯れてゆく花との対比。かつて、華やかだった時間は思い出となり、永遠に記憶の中で不変となる。時代が変化し、華やかな時間は朽ち、沈黙が訪れる。会場のHOWZEビルの隆盛と衰退のみならず、前橋という土地のそれも象徴している。ただ、枯れた生花が落とした種はいつか芽を出す。そんな希望も感じた。

杉本博司の作品に「ジオラマ」や「ポートレート」シリーズというものがあある。博物館に展示している動物のジオラマや、蝋人形の館に展示されている歴史上の人物の蝋人形を撮影して、あたかもそれが実在しているかのように見せる作品。写真は真実を写す訳ではない。真実や真実のようなものを記録として残す。その境界線は恣意的で曖昧だ。この作品では、造花と生花を対比するものとして提示されているが、造花が記録のなかでみせる美しさと生花の美しさに境界線はないように感じる。過去の華やかな日々とそうでない現在は繋がっていることも表現しているのかもしれない。

マッド・ドッグ・ジョーンズ

どこかでこのアーティストの作品を目にしたことがあったかもしれない。マッド・ドッグ・ジョーンズというアーティストの存在とその作品を知ったのは、今回が初めて。作品はどれも好きなビジュアルばかりで、今回このアーティストを知ることができたのはよかった。

日本人ならすぐにわかるであろう、多くの日本的要素が作品に盛り込まれている。日本が好きだというマッド・ドッグ・ジョーンズが日本を題材にするのは、自然なことである。ただ、作品のそれは日本そのものの光景ではなく、あくまでも「日本的」な光景である。なぜこれを見ると日本的に感じるのか、そう感じさせる要素は何なのか。それを考える時に、日本で生まれ育った人間にはわからない、海外から見た「日本」の像が浮かび上がってくる。アーティストを通して再構成された日本を見た時に、感じるこの感覚が好きだ。

会場 | まえばしガレリア

一度訪れたら忘れることがないであろう外装のまえばしガレリア。2023年にオープンしたアートレジデンスで、ギャラリー、住宅、レストランの複合施設。ここの一部も会場として使用されている。この辺りはいわゆる繁華街ではあるが、閉店している店舗もみられ、お世辞にも繁盛している地域とはいえない。明らかにこの施設が街の中で「浮いて」いるのは間違いないが、こういう状況の地域だからこそ、こういった存在が必要だとも言える。

まえばしガレリア

WOW

HOWZEビルの作品に続き、まえばしガレリアにもWOWの作品が展示されている。居住地区の一室が展示会場になっており、部屋に上がって作品を鑑賞するスタイルになっている。

展示されている作品は、映像作品。加工された曲面アクリルを通してデジタル作品と思われる映像が流れている。私たちの身の回りには、モニター、ディスプレー、サイネージ、スマホなど数々の映像再生装置がある。この作品では、解像度の高いそれらに抗うような低解像度かつ屈折している映像が流れる。ひょっとするとこういう状態で再生されることで、裏で動いている映像への関心や好奇心がより触発され、さらにその作品を見つめることに繋がっているのかもしれない。

めぶく街、前橋

今回この記念展に訪れた理由は次の通り。

  • 観てみたいアーティスト、作品が展示されていた。

  • アーツ前橋を訪れてみたかった。

  • 白井屋ホテルを訪れ、宿泊してみたかった。

  • 前橋を訪れたことがなくどんな街なのか知りたかった。

  • 都内から近い(2〜3時間程度)。

この記念展がよかったのは、いうまでもない。記念展の作品や白井屋ホテルを通じて、前橋という土地を断片的にでも知ることができたのはいい機会となった。アーツ前橋周辺は、繁華街だと思うが、営業していない店舗や使われていない建物も多く、正直に言えば、想像以上に廃れていた。前橋の今の状況は、どうも郊外の地域の開発が進み、中心地から人の流出があったためのようだ。駅の周辺をみた感じでは、前橋は県庁所在地だが、新幹線が発着する高崎の方が活気があるように感じた。

ただ、閑散としていながらも、魅力的な小さなお店が点在していた。それは再生の「めぶき」のようにも感じられるが、かつての栄えていた時代に戻る「めぶき」ではなく、新しい前橋の「めぶき」なのかもしれない。

「New Horizon―歴史から未来へ」はアート初心者にもおすすめなイベントだ。アートやアーティストに詳しくなくても、視覚的に楽しめる作品がいくつもある。また、関連する展示会場は、アーツ前橋を中心に徒歩圏内にあり、アート系施設以外にも見るべきもの、食するものもあり、楽しむことができる。都内から訪れた場合、日帰りでも展示を一通り鑑賞することはできるが、一泊できると余裕をもって前橋の街も一緒に体験できる。

前橋にはまた訪れてみたい。5年後、10年後にどんな「めぶき」があり、どんな街になっているのか、この目でみてみたい。

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