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見知らぬ彼女の「ボーダー柄ミニバッグ」に救われた夜の話🌙
夜8時。子どもが泣き止まない。
2歳の息子が、もう40分も泣き続けている。
理由は分かってる。
眠いのにうまく寝れないから。
抱っこしても、水を飲ませても、何をやってもお手上げで、打ち上げられた魚みたいに布団の上でビチビチ暴れまわっている。
耳元で40分も泣き声を聞かされていると情けないことにこちらが泣きたくなってくる。
もうどうしようもなくなって、最終手段をとることにした。
暴れる息子を抱いて車に乗せる。チャイルドシートのシートベルトを半ば強引につけて、夜の街へとドライブに出かけた。
走っていると、家にいる時よりは泣き声が少し収まってきた……と思った矢先に交差点。信号は赤。
車が止まると息子はまた激しく泣きだした。
あぁ、早く、信号変われ!!青になれ!!
その願いもむなしく、横断歩道を人々がゆっくりと渡っていく。
その横断歩道をこれから渡ろうとする2人組が目についた。
パパと、小学生くらいの女の子。2人は手をつないで顔を見合わせると、せーので同時にスキップして横断歩道を渡り始めた。
それはそれは楽しそうに、歩調をあわせて、笑い合い、スキップしながら横断歩道を渡っていく。
私は、その光景に、苛立ちを覚えた。
車内は息子の泣き声で満ちている。もう私のほうが泣きたかった。耳がキーンとかボーとか言い始めているというのに、この親子はなんだ。楽しそうに、おててつないでスキップなんぞして。
早く車を走らせたいのに、この信号はいつになったら青になるんだ!
イライラしてハンドルを爪でコツコツと叩いた。
ようやく信号が変わり、また夜の街を走り始めた。
8時台の町はまだまだ人がでている。
同じ道をぐるぐると走り続ける。
昼とは違った夜の街の中、車を走らせ続ける。
息子の泣き声が小さくなってきたころ、また信号にひっかっかって止まってしまった。また息子が泣くんじゃないかとビクビクしたけど、息子はもう、激しくは泣かなかった。目がうつろうつろして、ようやく眠れそうな頃合いだった。
横断歩道を歩く人々。
その中の2人に目がいった。
今度はカップルだ。
20代か、女性の方はおしゃれなブルーのワンピースをはためかせ、男性と手をつないでいる。それはそれは楽しそうに歩いていく。これから食事にでも行くのか、デートなのか、手にはボーダー柄のミニバック。
あんな小さなバックに財布入るのかな、とか思いながら、目の前を通り過ぎるカップルを見送ろうとした。
車のヘッドライトが彼女の手元を照らした時、私はその身を乗り出した。
あれ、ミニバックじゃない。
スポンジだ。
ドラッグストアの帰りなのだろうか。彼女は5段のスポンジを、袋にも入れずに直持ちしていた。
ボーダーだと思っていたその柄は、スポンジの固いところと柔らかいところの境目だった。
私はその光景が目に焼き付いて、彼女たちが暗闇に消えてから突然笑えてきた。
スポンジじゃん。
まかり間違えなく、スポンジ。
あんなにおしゃれなワンピース着て、ドラマのワンシーンみたいだったのに、華奢な腕から伸びる先にスポンジ。
ねぇあの子、なんでスポンジ直で持ってるの???
笑いがこみあげてきて、誰かに聞いてもらいたくて、後ろの座席を振り向いた。
息子は寝ていた。
ふふふと笑いながら自宅へと車を走らせる。
途中、スキップして信号を渡るパパと女の子のことを思い出した。
幸せそうでいい光景だったな。
思い出すと笑顔になっちゃう。
夜のドライブも悪くない。
――そう思えた。
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