首尾一貫感覚(SOC)と復職支援(JES通信【vol.178】2024.3.12.ドクター米沢のミニコラムより)
今回の記事はすでにnoteに掲載したもの(資料1)をJES通信コラムのために加筆したものです。内容は基本的に同じです。ご了承ください。
先月のJES通信vol.177で、当社のリワークプログラムに関する産業ストレス学会での発表を紹介しました。この内容を少し詳しく解説した記事を、産業ダイアローグ研究所noteに掲載したところ(資料1)、短期間のうちに多くの方が見てくださり、関心の高さがうかがえました。 そこで今月のコラムではnoteの内容に加筆しつつ、発表内容とそれに関連するSOCの話題を紹介します。
2023年12月に行われた日本産業ストレス学会で、組織コンサルテーションチーム槇本英典が行った発表は以下の通りです。
○東大デジタルメンタルヘルス講座との共同研究
当社は、2022年より東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座と共同研究を行っています(資料2)。 今回の研究では、メンタルヘルス不調により休職した労働者を対象としたEAPリワークプログラム(以下JESリワークと略。資料3)が、復職準備性及び復職継続へもたらしている効果について検証を行いました。
○JESリワークの特徴
対象者は、当社契約企業の従業員で、病状が回復し日中の生活に支障なく、週3回以上自宅外での活動ができ、主治医および勤務先の許可を得た方です。期間は4週間で、週3回、午前中90分間(計12回)のプログラムです。医療機関で実施されるリワークに比べると短期で、いわば復職直前の仕上げ段階のプログラムと言えます。
○調査対象、調査項目
調査対象は2021年4月から2023年2月にJESリワークを利用した155名のうち、データが揃っている143名。調査項目は、当社作成の復職準備性尺度(体調生活、体力意欲、作業遂行、ストレス対処、職場調整の全19項目)、二次元レジリエンス要因尺度(BRS,平野,2010:資料4)、ENDCOREs(藤本,2013:資料5)、3項目版SOCスケール(SOC3,山崎・戸ヶ里,2017:資料6)です。
○調査結果:体力・意欲、SOCの改善が就労継続の指標になる可能性
調査の結果、4週間ですべての調査項目が有意に改善していました。また、就労継続に関与する要因を見ると、復職時点の体力・意欲、およびSOCの改善が指標となる可能性が示唆されました。
○SOCとは
SOC(Sense of Coherence:首尾一貫感覚)とは、1979年に健康社会学者アントノフスキーが提唱した「健康生成論」を構成する中心的な概念です。アントノフスキーはホロコースト生還者の健康調査を行いました。極めて困難な体験をした結果、70%の人は解放後にPTSDやうつ病など重い精神障害を負っていたのですが、30%は健康的な生活を送っていたことを発見しました。この調査研究で発見された概念がSOCです。SOCは「首尾一貫感覚」、「ストレス対応力」などと訳されます。自分をとりまく世界は首尾一貫していて筋道が通っていると感じる感覚であり、ストレス下でも健康に生き抜く力を示しています。
人生に整合性を持たせ、困難を生き抜く力、平たく言えば「人生、何とかなるよ」という感覚です。
大地震 に襲われた能登では、2ヶ月が過ぎても断水が続き、道路も復旧していない場所が少なくないと聞きます。 そういった困難な状況 に置かれても、復興に向けて着実に足を進める方たちがいます。おそらくこのSOCの感覚が支えているのではないかと思われます。
○SOCの構成要素
SOCは把握可能感(sense of comprehensibility)、処理可能感(sense of manageability)、有意味感(meaningfulness)の3つから構成されます。把握可能感とは、自分が置かれている状況を一貫性のあるものとして理解し、説明や予測が可能であると見なす感覚です。処理可能感とは、困難な状況に陥っても、それを解決し、先に進める能力が自分には備わっているという感覚です。有意味感とは、いま行っていることが自分の人生にとって意味のあることであり、時間や労力など一定の犠牲を払うに値するという感覚です。把握可能感、処理可能感はストレス対処の要素と考えられ、有意味感は困難が意味のあるものだと考える要素といえます。
○SOCとJESリワーク
体力意欲とSOCの改善が就労の継続に寄与しているとすると、JESリワーク で再発防止に向けた学習、対話、内省を行う過程で、復職すれば何が起こるか、どう対処できるかを考え、それらを乗り越えていくのは意味のあることと思えるなど、「見通し」が持てることで自己肯定感が回復していくのかもしれません。リワークには、医療リワーク、地域障害者職業センターのリワーク、NPOなどによるリワークがありますが、多くのリワークは数ヶ月通うことを前提としています。
JESリワークはわずか1ヶ月ですので、ここまで変化が出ているのは驚きでした。参加者の準備状態が高いからうまくいくのか、プログラムがうまく作られているのか、あるいはカウンセラーが並行してフォローしているから効果が高いのか、いろいろな要因が考えられます。
○今後の課題
この研究で明らかにしたのはリワーク前後でのSOCの変化です。復職時にSOCを測定し、何点以上だから回復していると判断できるわけではない、ということには注意が必要です。私は2009年に慈友クリニックの復職支援リワーク(資料7)を立ち上げ、今も関わっていますが、この調査結果を見て、ある修了生が「何とかなるよ」という後輩たちに向けたメッセージを楯にして受付台に残していったのを思い出しました。
メンタル疾患で休職した場合、療養期間の長短はあるにせよ、病状が回復すれば復職自体は大抵できます。しかし就労が継続できるかどうかは、単なる回復とは異なる、別の要素が関係しているのかもしれません。その一端がこの研究で示されたように思います。
こういった変化はどのリワークでも共通して起こるものなのか、それともプログラムの内容によって異なるのか。リワーク施設は増えましたが、そのクオリティは必ずしも同じではありません。リワーク全体のクオリティ向上のためにはどういったプログラムを取り入れ、何に重点を置けばいいのかなど、これからも探求し続けたいと考えております。