理解することは変わること――小熊英二『社会を変えるには』より
小熊英二さんが社会学界に入ってこられたときのインパクトは、けっこう大きなものでした。
当時、某学会の会長だったある教授が小熊さんを登壇者に招こうとオファーしたら、小熊さんからのご返信にその教授は驚いていました。
なぜって?
その教授は自分が権力者だと思っていて、周囲の人びとも権力者として接していたのに、社会学界の外部から来た小熊さんはそんなことをちっとも知らないので、人間としてごく当たり前な返事をされたからです。
私は、小熊さんを誠実な社会学者だと思っていて(ご本人がそうアイデンティファイされているのかはわかりませんが)、彼の場合は、机上だけでなく実際に地道な活動をされているところも、本気で社会を変えようとしているように感じます。私が小熊さんをお見かけしたのは、3.11のデモでした。
その小熊英二さんが書かれている『社会を変えるには』という本は、社会理論のたいへんわかりやすい解説書にもなっていて、かつ、社会理論をどのように活用するのかまで踏み込んでおられます。
それまで日本人の意識を歴史社会学的に紐解くご研究をされていた小熊さんが、この本の中で、社会を変えるための方法論として現象学に注目し、ギデンズの再帰的近代化、マルクスの物象化、ヘーゲルの弁証法などをこの観点からまとめています。
小熊さんはこの考え方が、「資本家」と「労働者」の分断、「知識人」と「大衆」の分断、「男性」と「女性」の分断、「保護する強い者」と「保護される弱い者」などのさまざまな分断に対して、「ある者」が「ない者」に一方的に与えたり一方的に変えようとするのではなく、内発的な変化をもたらすとしています。
しかし、その前提として、まずどうにかしなくてはいけないのが、「対話すべき主体の力が低くなってきている」ことだと言います。曰く、「エンパワーメント(力づけ)し、アクティブ化しなければならない。それを助けるのが、政府なり専門家のやるべき新しい役割」だと述べています。
そして「理論的にはそうなるとして、具体的にはどうしたらいいか」と、小熊さんは問うていて、小熊さんなりの提案をされています。
しかし私は、ここから先は、社会学では取り組めない領域のように思っています。それは、様々な実践を実際にしたうえで、思うこと。それで、この相談室もあるのかもしれない、と思ったのでした。
ちなみに、小熊さんのこの本は、ここで私が書ききれなかった社会保障や社会福祉のことまで考慮されていて、極めて現実的な社会問題に対するアプローチとして、上記の理論を用いておられます。