自己(Self)の暗黒面――D.カルシェッド『トラウマの内なる世界』より
D.カルシェッドは、日本ではあまり有名ではないのですが、カルシェッドの言う「セルフケア・システム」はとても重要に思います。
自己(Self)は、従来、こころの全体性であったり、個性化であったり、クリエイティヴィティをもたらすものという、比較的明るいイメージで考えられてきました。
けれども、トラウマ的な体験に脅かされた人は、自己(Self)そのものを守るために、セルフケア・システムなるものをつくると言うのです。自己の暗黒面というのは、この、自己を保護するためのシステムをつくる働きです。二度とトラウマ的な体験をしないように、心を守るのです。
そして、セルフケア・システムがいったん出来上がってしまうと、ここから抜け出すのは非常に難しく、悲しいことに、カウンセリングによって良いプロセスが始まりだすと、急に苦しくなり、良くなるのを止めようとしだします。
トラウマ体験をされた方の中には、スピリチュアリティとしか考えられないような体験を内的にされる方もいます。それは、主観としてそうなのだと思うのですが、この体験の取り扱いを誤ってしまうと、特別さに満ちたナルシシティックな世界に入り込んでしまいます。
そして、現実での生身の人と人との体験が切れてしまい、孤独感や孤立感にさいなまれ続けます。実際には、特に大きな問題なく社会生活は送っているにもかかわらず。だからこそ、苦しいのです。
セルフケア・システムができている人は、自我(エゴ)が未熟なことがあります。そもそも日本では大乗仏教がベースにあり、「無我」に肯定的なイメージがもたれてきたこともあるのでしょうか、自我機能を成長させるかかわりがあまりありません。このことは小乗仏教の国に行くと、日本との違いがよくわかります。
自己の暗黒面から、社会全体を見てみると、なるほど確かに、セルフケア・システムの働きで生み出されたであろうさまざまなものを観察することができるのですが、それらが結局、防衛でつくられたものであるために、人びとの紛争が続いてしまうのかもしれないと、ふと思いました。そういえば、コンピューターも、もともとは軍事用に作られたものでした。
そういうわけで、良質な自我をつくっていくことが大切になり、それはカウンセラーと二人三脚で取り組む地味な作業ではありますが、身の詰まった自分とほんらいのクリエイティヴィティを感じることができるように思います。
*この記事は、IPP研究所(インスティチュート オブ プロフェッショナル サイコセラピー)の勉強会での知見を参考にし、書かせていただきました。記して、感謝申し上げます。