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ある一生【映画と本と】
映画を観た。
「ある一生」
1900年頃のオーストリア、アルプスが舞台だ。
孤児のアンドレアス・エッガーは労働者として農場にやって来た。
農場主から虐待を受けて足を折られ、引きずって歩かなくてはならなくなった。この場面を映像で見ることはとても辛かった。
小屋の中の牛を繋ぐための棒にお腹を乗せてうつ伏せになり、棒(本では鞭)で激しく下半身を打たれる。
この間一切の叫び声を上げないことが、さらに農場主を怒らせるのだった。
強くたくましい青年へと成長したエッガーは農場を出て、日雇い労働者として働き続ける。そしてウェイトレスのマリーと出会うのだ。
山の斜面に建つ小屋を借りて、庭を作り、二人の新しい生活が始まるのだったが…。
新潮クレスト・ブックスから出ている同名小説が原作だ。
著者はローベルト・ゼーターラーというオーストリアの作家で俳優でもある。読みたいと思っている間に先に映画を観ることになったので、結果的に私のささやかな想像力を大いにカバーしてくれた。
小説ではエッガーの一生を淡々と描いている。
あまりにも理不尽な運命に、読者として歯がゆさや怒りさえ感じるのだが、彼はただひたすらに自分の人生を歩んでいるのだった。
映画では妻マリーへ手紙を書くということで、エッガーの心の中を表現している。小説ではエッガーの視点から描かれているのだが、人との交流によっての感情の変化などがわからないのだ。
晩年のエッガーは孤独のままだった。
あてもなくバスに乗車し終点まで向かう。
車中で今までの自分の人生が次々に思い出される。
たくさんの苦難とわずかだけど胸いっぱいに広がる幸せを。
アルプスの山とともに20世紀を生きた名もなき男の生涯が、なぜこんなにも胸に迫るのだろう。
激動の20世紀、アルプスに生きた名もなき男の愛と幸福に満ちた一生
映画を観ていても、本を読んでいても80歳になる私の父のことをたびたび思い浮かべてしまった。
戦死した実の父親のことを知らない父
その後、子連れ同士で再婚した母親との確執
結婚した妻に母親の愛を求め、支配し続けた父
その妻に先立たれ、空っぽになってしまった父
誰の人生も唯一で特別なものなのだと、あらためて感じた。