見出し画像

「山を刻む」のわたしになって

伊与原新さんの作品を初めて読んだ。
「月まで三キロ」「八月の銀の雪」
良かった、素直にとても感動した。短編集なのであっという間に読めるところも嬉しい。ただ、どういったところに心動かされているのかが、うまく説明できなかった。
だが「月まで三キロ」の巻末に逢坂剛さんと伊与原さんの対談が掲載されていて、そこに答えがあった。
「読みやすい文章」と「ミステリーの手法」
読みやすさは伊与原さんも心掛けていると仰っていたので間違いなく、私も無意識に読んでいて感じていたのだろう。
そして理工系知識がトリックのネタではなく、ストーリーの中にうまく取り込まれたミステリー。
すごい小説を読んでいるのではないかと思った。


私は「月まで三キロ」の中の「山を刻む」が特に好きだ。


主人公のわたしは一人で登山に来ている。家族には内緒のようだ。
途中で火山の研究をしている大学の先生と院生の二人に出会い、言葉を交わす。先生がとても印象的な話をするのだった。


「溶岩だけ調べてもダメなんですよ。
その間にどんな火山灰層、軽石、火砕流堆積物などが挟まれているか。
僕ら火山研究者は、できるだけ細かく、山を刻むんです」


山を歩きながらわたしは家族のことを考える。
家族に無関心な定年を迎えた夫、成長し大人になった自立心の強い娘と甘やかされた息子、義父の介護を嫁に丸投げした義母。
専業主婦だったわたしは家族から感謝されたり、気遣ってもらったりはしてこなかった。家族にとってわたしは、切り刻んでも構わない、山のような存在になっている。


私は主人公の「わたし」になって物語を体感する。
この登山という小さな反乱の間にわたしは覚悟を決める。
その事実を知った時、私は涙を浮かべて安堵する。
言葉に出来ない、似たようなわだかまりを抱える私にはとても強い印象を残す作品だった。




#推薦図書

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集