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3分講談「桜の神」(テーマ「花」)
なぜ桜という花が、数多ある花の中でも特に愛でられてきたかと申しますと、桜には神が宿ると考えられていたからだそうでございます。それはどういう神かと申しますと、稲作を司る神さまなのだそうで、ちょうど田植え仕事に取りかかろうとする時期に咲く桜の花に、「今年も豊作でありますように」と願ったのが、現在の花見の源流とも言われております。
さて、桜の花といえば、美しくもまた、短い間で散ってしまうところにも、人の心を惹きつけて止まない魅力があるのでございますが、昔の人は、こんなお話を書き残しております。
まだ神々が日本をお作りになっていた時代、天上から地上世界を治めにやってまいりましたのが、ニニギノミコトという神さま。笠沙の岬、現在の鹿児島県南さつま市あたりに降り立ちましたその時、一人の美しい女性と出会いました。それが「木の花の咲くや姫」、名前の通り桜の花の神。すっかり一目惚れをしたニニギノミコトは、その場で結婚を申し入れましたが、姫は「父でなければ、お返事申し上げることができません」というばかり。そこで、父である山の神・大山津見の神に結婚の許しを乞うたところ大いに喜び、咲くや姫の姉である石長姫ともども、ニニギノミコトの妻にと差し出しました。
ところがこの姉石長姫は、不幸なことに、妹と違って器量がよくない。ニニギノミコトはあろうことか、妹だけを妻にして、姉を実家に差し戻してしまいましたから、大山津見の神は烈火の如くに怒り、「石長姫を差し出しましたのは、あなた様のお命が岩のごとく常磐に長くあるように、また木の花の咲くや姫を差し出しましたのは、春になり桜の花が咲き誇るごとく、あなた様の治める世の中が栄えますように、という願いを込めてのことでございました。よくも娘に恥をかかせてくれましたな。これからは、あなた様の子孫まで代々、命は短こうございますよ」と呪いの言葉をかけた。この出来事によって人間の命は、桜の花が散るような、はかないものとなってしまったという、『古事記』に伝えられる伝承でございます。
さてこのあと咲くや姫は、一晩でニニギノミコトの子を宿したがために不義の疑いを掛けられ、身の潔白を明かすために火を放った小屋の中で出産に臨むのですが、続きはまた、別の機会に申し上げることといたします。