
雲南日本商工会通信2019年4月号「編集後記」
最近、「文創」に関する依頼が何件か来ています。文創とは台湾から来た概念で、「文化創意産業」の略です。ブレア時代のイギリスにおけるクリエイティブ産業政策を参考にした台湾の政策ですが、以前より同様の取り組みをしていた「誠品書店」(「代官山 蔦屋書店」の元ネタ)の存在がテコになったこともあって、今では視察する日本人が絶えないほどの成果を残しています。
私が中国メディアで初めて「文創」という文字を見たのは数年前。北京の故宮博物院が、台北の国立故宮博物院を参考に商品販売を始めたという新聞記事です。商品というのは、博物館にある文物をモチーフにしたお土産品です。「台北では故宮の文物にちなんだお洒落なお土産品が売られ、成功を収めている。ならば我々も」というわけです。
ただ現在、少なくとも昆明では、クライアントですら「文創」という概念が曖昧で、なんとなく「文化的な創意」という意味で捉えています。私も最初はそう思っていました。しかし実際は、その後ろに「産業」を付けるのが正しいということを、提案を作っている過程で気づきました。産業(消費)と結びついてナンボの概念なのです。
いずれにせよ、この概念が最近中国で注目されるのにはいくつか背景があると思われます。1つは、観光政策や街の文明政策の失敗です。観光政策では、観光客を増やすために大量の資金が投入されましたが、当地の文化を深く考えなかったために、失敗に終わっている場所ばかりとなっています。街の文明政策でも、街ならではの伝統や営みを掘り下げないままに政策が執行され、失敗に終わる所が少なくありません。昆明市もそうですね。街並みを「文明」的にするため、あらゆるお店に同じ色の看板を付けることを強制した結果、以前より味気のない街になってしまいました。
もう1つは、消費動向の変化です。私はこれを「土豪消费から共感消費への移行」と名付けました。中国の消費傾向は、「値段が高いから買う」という土豪(成金)消费から、「背景の物語に共感し、敬意を持つから買う」という共感消費へ移行しています。共感を生み出すためには、歴史、伝統、文化といった深い背景も必要となります。この消費ムーブメントを担うのは、知識欲の高いいわゆる「小衆」と呼ばれる人々です。彼らの考えや提案がSNSを通じて「大衆」へと波及しているのが現状だといえます。
これらの背景から、政府の政策の改善策としてだけでなく、民間企業の消費ニーズの対応策として、「文創」が注目され出したのだと考えられます。
IT産業が得意な半面、商売人の国と呼ばれる割には、中国は文化と産業(消費)を結び付けるセンスに欠けているようです。今でもなお、ショッピングモールでは消費と結びつかないイベント(何とか文化節)が行われ、また、どこかの成功事例を猿真似した観光地(何とか古鎮)が作られ、倉庫街のリノベーションとして薄っぺらなアート空間が建設されています。
とはいえ、日本だって「文創」の歴史が長いわけではありません。たとえば、箱物行政からの脱却が唱えられて以来、成果を出し始めたのは最近のことです。地方再生のためにはハコをデザインするのではなく、まずコミュニティからデザインすべきだと唱えた山﨑亮さんの『コミュニティデザイン』が出版されたのは2011年。たった8年前のことなのです。
しかし、その8年の間に日本では若年層が中心になって急速に地方が活性化しています。日本の地方というのは、建築にせよ伝統にせよ産業にせよ、共感消費につながる「物語の種」が豊富にあり、クリエイターにとっては宝の山に感じられるためだと想像します。
これらの取り組みは、文創に取り組む台湾の人々からも「勉強になる」と評価されています。彼ら日本のクリエイターには、自国の地方再生だけに留まらず、その知見を中国大陸でも活かし、実践していくべきだと感じます。このような知見と実践の輸出も、まさに「文化創意産業」の1つといえるでしょう。総領事館やジェトロの皆様、ご紹介のほどよろしくお願いします。