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雲南日本商工会通信2023年1月号「副会長の挨拶」
2023年、卯年、明けましておめでとうございます。
コロナ危機、温暖化危機、戦争危機、政治危機……と、話題には事欠かないこの数年です。
危機、危機と言いながらも、別に喰うのに困っているわけではなく、スマホで動画を見て、ゲームや漫画で退屈を解消し、SNSで慰め合い、「外卖」で物を買って、ベッドに寝ていても暮らしてもいけるわけだから、生活が危機に直面しているわけではありません。
人間の精神は進歩しなくても、IoTやAIや6GやAR、メタバースなど、私たちの認識する生活環境は、現実と仮想とが融合して、どんどん充実していくのでしょうから、そんなに退屈することなく、遊びながら一生を終えられるようになるのでしょう。
従来の考え方だと、「遊んで暮らすとはケシカラン」「生活保護は恥ずかしい」「不労所得とは、何か悪い事をやっているに違いない」「勤勉こそ美徳」と考えられてきたし、わたしも60年間、そのような考えでいましたが、最近は「どうもそうではないかも」とも考えるようになってきています。
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上の図は、トラクターの開発によって、1haを耕すことに要する消費カロリーは機械化で1/80になり、99人の仕事は失われたという図です。
農業に限らず、同様なことが、すべての製造業で機械化、合理化という名で行われてきたわけでしょう。先日、訪問した名古屋の精油工場は、1日60トンのサラダ油を製造していましたが、従業員は6名でした。サービス業も同様で、レジはセルフレジになり、購入はネット販売になり、タクシーやバスは自動運転になり、配送はドローンになり、問い合わせはAIが回答するようになるわけで、人間が介在することはどんどん減っています。
その一方で、100年前には20億人だった世界人口は、現在80億人になっているわけですから、世界のすべての人にクリエイティブで充実した仕事があると考える方が無理な相談です。
Homo Sapiensとは、「賢い人」という意味だそうですが、スマホにしてもAPPにしても、仕組みが分からなくてもボタンを押せば、サルでも操作できるようになるわけですから、「賢い」必要はなくなり、おバカでも消費生活に問題はなくなるのでしょう。
Homo Ludensとは、「遊ぶ人」という意味で、85年前にオランダの文化史学者が唱えました。人間の文化の本質は遊びであるということのようです。「政治」を政(祭り事)というのも遊びでしょうし、領土や資源を争う戦争ごっこが「戦争」になり、お金の多少を競争するのが「経済」なら、「政治」か「戦争」か「経済」に従事して一生を終えるのも、「ゲーム」や「映画ドラマ」や「SNS」に熱中して一生を終えるのも、遊んでいるという意味では同じなのかもしれません。
「賢い」というのは、早晩(おそらく2025年)、AIが人間を追い抜くわけですから、人間の特徴としてのアドバンテージは「知能」では失われます。
「遊び」こそが、人間だけが持つ21世紀の「アイデンティティー」かもしれません。ところが、ここで「社会的動物」としての人間のDNA設計が邪魔をすることになるでしょう。自分だけが遊んでそれで楽しめればいいのですが、他人がそれを「スゴい」「素晴らしい」「いいね」と評価してくれないと、楽しめないという「人間の生来の性質」が物事を複雑にしてしまいます。
ロシア素晴らしいね、中国スゴイね、北朝鮮いいね、君はゲームすごいね、君は漫画詳しいね、君の仕事は素晴らしいね、君のフンコロガシの研究はすごいね……。
AIが発達する今後、賢いことに意味はなくなります。
2023年からは、相手のどんなツマラナそうな趣味や仕事でもお互いに褒めまくりましょう。
「遊び」以外に人間の存在意義はなくなり、その「遊び」に社会的承認がなければ、人間は楽しめないということになるのですから……。
ということは「褒める」ことだけが、あなたが社会平和に貢献する唯一の行動になるのでしょう。
さあ、ここまでの内容をよく理解した上で、お尋ねします。
この私の「新年の挨拶」は、どうでしたか? この文章の内容を理解した人だけが編集部にご意見をいただければ、あなたも社会平和に貢献することができます。