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相手に伝えたい、「ごめんね」
昼寝から目覚めた子どもたちが、
目を擦りながらおやつを取りに向かっている。
そんな中、みいちゃんが半分に折り畳んである自分の布団の横で泣き出した。
私が近づくと、すかさず「タロウに指踏まれた!痛いぃぃい」とみいちゃん。
確かに、そのすぐ横にはみいちゃんに背を向け座り込むタロウくんの姿があった。
周りの子たちも大丈夫?などと心配の声をかけにくる。
タロウくんはわざとみいちゃんの指を踏んづけたわけではなかった。
しかし、みいちゃんに泣かれ、周りの子たちにも気づかれ、悪者扱いされたと感じたタロウくんはやるせ無い気持ちになったのだろう。
完全にみんなに背をむけ、背中を丸くしながら不貞腐れているかのようなタロウくんに私は声をかけた。
「わざとじゃないのはみんな分かってるよ、
わざとじゃないんだ、ごめんねって伝えておいで」
二人の気持ちも、この状況も早くスッキリさせたくて、ついこんな言葉をかけてしまった。
タロウくんはその場から動かない。
「僕は謝らない。」と、その姿が物語っているようだった。
タロウくんには自分の気持ちや困っていること、助けてほしいことを言葉にすることを頑なに拒む場面がよくみられた。
散歩の出先で突然歩かなくなるなんてことも日常茶飯事で、彼の気持ちを引き出すことはそれはまあ結構大変だった。そして普段はとってもおしゃべりなのもまた不思議。
そんな彼に、私は少し時間を置いてからもう一度尋ねてみた。
「タロウくんの心の中に、みいちゃんごめんね、の気持ちはあるの?」
すると彼はゆっくりと頷きながら「うん、あるよ」と答えた。
「でも直接言うのは恥ずかしいのか〜」と私がいうと、彼は再び大きく頷いた。
肝心のみいちゃんはというと、タロウくんのことをじっと見ながら、おやつをもぐもぐと食べていた。
案外切り替えが早いのかと思いきや、
「たろう、ちゃんとごめんねしてね」なんて言ったりしていて、しっかり根に持っているようだ(笑)
一方のタロウくんの方は、気持ちに変化はなく、
ムッと、でもどこか悲しげな背中のままうつむいて座ったままだ。
きっとごめんねを言うべきなのは本人もなんとなく分かっているのだろう。
早く言ってしまえば楽なのに、と見ている側も思う。
でも、私は彼のじっとりとした葛藤をどうにか晴らしてあげたくなった。
「じゃあさ、直接じゃなくてお手紙に書いて渡してみる?」
そう提案してみると、タロウくんは顔を上げ、
「そうする!」と立ち上がった。
そこから白い紙とペンを持ってきて、私に渡した。
まだ文字が書けない彼は私に気持ちの代筆を頼んだのだ。
”みいちゃん、おててだいじょうぶ?
もうしわけなかった。なおるといいな”
彼にお願いされたまま、ピンクのペンでひらがなの文章を書いた。"申し訳ない"の言葉のチョイスに思わずクスリとしながら、四角に折り畳んでタロウくんに渡した。
「渡すのは自分で渡しておいで。気持ちが伝わると思うよ」
そうタロウくんに伝えると、小走りでみいちゃんに駆け寄り、「はい、お手紙!」と早口で言って渡した、いや目の前に置いた。
手紙を受け取ったみいちゃんは満面の笑みで手紙を広げ、文字は読めないはずだが、
「タロウにお手紙もらった!」ととても満足げだった。
とても嬉しそうに、大切そうに、自分のロッカーへとしまっていた。
そんなみいちゃんの嬉しそうな顔を見て、安心したと同時にどこか誇らしげな顔のタロウくん。お気に入りのタオルを握って、大好きなおやつをもらいに向かっていった。
”ごめんなさい”をちゃんと伝えるのって、大人になればなるほどハードルが上がっていくような気がしている。
変に誤魔化したり、ふざけてしまったり、意地を張ってしまったり。
はたまた中身のない決まり文句のようなごめんなさいを乱用したり…。
私も思い当たる節ばかりだ。
タロウくんは、自分の気持ちを相手に伝えることに難しさを感じながら、
手紙という形にして伝えて、自分の気持ちを伝えることの喜びのようなものを感じたのかな、と思う。
文字は読めないはずのみいちゃんだが、そんなことよりも、タロウくんが自分に手紙をくれた、気持ちを伝えようとしてくれた、ということが嬉しくて嬉しくて、それで十分だったんだな、と。
タロウくんの中に、少しでも自分の気持ちを伝えることの喜びが残る出来事であってほしいと願う。
そして、直接言葉で伝えられないことは、言葉に記して伝えるということもできるのだと、いつかまた壁にぶつかったときに、心のどこかで思い出してほしいな、と思う。
表面上の、形式的なごめんねを言わせる形にならなくてよかった。
二人の様子を見て保育者としては少しホッとした。
大人も子どもも、心の中にある気持ちを相手に伝えるとき、難しさや恥ずかしさを抱くことがあるが、誠実に、自分なりに相手に届けることが大切なんだな、それが"伝わる"ってことなんだな、
そんなことに気付かされる場面だった。
ちなみに、みいちゃんもタロウくんもおやつはおかわりまでして、
その後はあーでもないこーでもないと言いながら
水槽にいる魚たちを一緒に並んで眺めていた。
ふう、よかったね〜