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小学5年生の自分へ言いたいこと

私は昔から不器用で、人より3倍以上努力をしないと普通になれないと自覚していた。

苦手なことが多く、テストの点数も低い。特に算数は何をやってもダメで、答えが10を超える足し算以降は諦めた。(例えば9+2=11)

人間関係の構築も得意ではなかった。当時は学校に行く意義を感じなかった上に、春が来る度に憂鬱な気分になった。なぜならクラス変更で環境が変化しても、嫌なことをされるとわかっていたからだ。

大人であれば転職する等して、自分の好きなことを選択できる。(それでも苦労はつきものなのは承知の上だ。)

しかし、子供の自分が「学校を変えたい」と言っても「嫌なやつはどこにでもいる。学校は変えられない。」で終わりだったため、理不尽さを感じていた。選択肢があるだけでも気持ち的には楽になったのになあ、とは思う。

だが、安心して欲しい。現在の私はある程度年齢を重ねたが、しぶとく生きている。

嫌な思いをして、やさぐれかけていた当時の自分へ。

当時はやさぐれ度70%程度だったかもしれないが、今後這いつくばりながらも生きるために大切なことを3つ書こうと思う。これからくる変化の季節にきちんと対応して、少しでも苦しさを軽減できるようなメッセージを残そう。


1.相手を信頼するのは良いが、期待しすぎは禁物。

クラス替えの後、人間関係が変わった小学5年生。

今まで仲が良かった人とは別のクラスになり、クラスで上手く行かなかったときにかけられた言葉がこちら。

「一人でいるのが好きなのかと思ってた。」

これを言われたとき、驚きで何も言えなかったことを2025年の現在もよく覚えている。少人数でいることが好きという性格が原因であることはわかっている。だがこの言葉をかけられた直後は、

「少し見えただけの他人の一部分を、勝手に枠に嵌めないで欲しかった。」

「その言葉をかけられた相手の気持ちを考えたことはある?」

…と心の中でずっと言っていた。自分の中では悔しかった出来事ランキングの上位に入るが、この経験は私を強くしてくれた。

「自分の性格は思ったより相手に理解されない」ことを知り、他人からの評価を気にすることは時間の無駄だと学んだ。他者に理解され、認められること=価値のあることでは全くない。

また、自分自身が相手に期待しすぎていたことも教えてくれた。

様々な人と出会うにつれ「この人なら私をわかってくれる!」という感情が出てくる。だが、お互いがまだ知らない(性格の)一面があることを忘れるべきではない。

人間の縁が切れるときはすぐに切れるし、かなり脆いものだ。それに執着しすぎると、いつまでも自分が辛い状態になってしまうから、気を付けて。

2.お礼と謝罪はしっかりと言うべし。逆ギレは禁物。

相手に何かをしてもらったときに、お礼を言うこと。

逆に、迷惑をかけたらしっかり謝って次から気をつけること。

これはどこに行っても通用するし、お互いが気持ちよくいるために重要なこと。

これから先、嫌なことをしてきても絶対に謝らない相手にたくさん出会う。自分が悪いと気づいていない場合がほとんどなのが、厄介に感じるだろう。

謝罪が無いことで嫌な思いをしても、決してその人間と同じようにはなってはいけない。
もしも「ごめんなさい」の一言が無くなったら、自分に嫌なことをした人たちと同じレベルになる。また、私は悪くないと逆ギレしたらそれ以下になる。自分が悪かったところを認識して、それを次に活かす努力をすれば問題ない。

お礼に関しては、日常生活で他人から見られるシーンが結構多い。レストランで食べ終わったり、お釣りを受け取ったりした後等、必ず「お礼+ごちそうさまでした」を伝えるとお互いに気持ちよくなれる。

店員さんに横柄な態度をとる人には要注意。

3.「どうしてこんなことしてるんだろう」と思ったときは、できるだけ早く逃げて

何かを新しく始めたとき、すぐに辞めようとは思わず、少しでもいいから挑戦してみるべきである。もしかしたらそれが新たな趣味や、自身を変えるきっかけになるかもしれない。

しかし無理だと思ったら速攻で辞めれば良い。

例外は「好きでもなく、嫌いでもない。なんとなく…」で何かを続けている状態である。(生活がかかっている時はもう少し考えたほうがいいかもしれないが。)

何かを続けているとミスをしてしまったり、誰かに迷惑をかけてしまうタイミングが絶対にくる。その直後に、気持ちをすぐに切り替えられるならば良い。

だが「あれ、どうして自分ってこんなことしているんだろう」と疑問に思ったら、それは間違いなく辞めどきだ。

この場合は負の感情が付き纏っていることが多く、自分の中のモチベーション(支えになるもの)が完全に消えている。そのような心で何かを続けたら、自分の貴重な時間を使う意味が無い。

むしろそのように思わせてくる環境は、自身から考える力(や体力)を奪ってくることが多い。

一刻も早く逃げる準備を進めて欲しい。

自分を守り、かつ物事を辞めるタイミングを決められるのも自分だけだ。


メッセージの部分をひとしきり書いて、文章を書く手を止める。過去のことを色々と思い出していたら、まるでタイムスリップをしたかのような感覚に陥る。

あまり思い出したくもない出来事も蘇ったが、書き出すことで自身の悔しさや苦しさが昇華された気がする。

生きていると必ず嫌な事は起こるし、自身の不器用さのせいで苦労する面も多いと思う。だが、呼吸をしているだけで100点。自分が大切にしたいものを明確にして、それに従うだけで充分だ。

心が折れかけても、この言葉たちをすぐに思い出せたらいいなあ…と思いながら目線を動かすと、数冊の卒業アルバムが目に映る。そして、その隣に密集しているぬいぐるみたちと目が合った。

彼らはいったい何を考えているんだろう。


あとがき

今回は、「#第2回灯火杯」という企画に向けて記事を執筆しました。テーマは「春」で、書く人たちへのエールを送るものという題材です。

春といえば、進級・進学・入社などで人間関係が変わる時期です。そのような時に、今まで自分が学んだことや大切にしたいことを忘れたくないな…という思いからこれを書きました。

あえて「小学5年生」を選んだ理由は、個人的に色々辛いことを乗り越えたタイミングだったからです。世の中には色々な方がいて、多様なコミュニティがあることをもっと早く知っていれば良かったと後悔しています。

暗い話も含んではいますが、ここまで読んでいただきありがとうございました!

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