
映画と犠牲になった爪(の脇の皮)
何もやる気が起きず、床に張り付き溶けている1月某日。
目の前のテレビでは、大晦日に録画した映画を再生中。赤と緑色の帽子(MとLの文字が書いてある)を被った2人のおじさんが映っている。彼らが26歳程の設定らしいと聞いたときは驚いた。
おっと、初仕事でワンちゃんに襲われているではないか。世知辛い。
音声を英語にしているため、わからないところは巻き戻しつつ視聴していたときのこと。
ふと手元を見ると、爪の白い部分が増えていることに気がついた。
おかしいぞ、この前切ったばかりのはずなのに。
私は伸びた爪をギリギリまで放っておく性分だ。ただ単純に切るのが面倒という理由もあるが、どこまで伸びるのかを見届けたいという謎の願望もある。
だがこの願望を叶えようとすると、爪が丸ごと剥がれてしまう。
仕方ない、切るか。そう思いながら、渋々立ち上がって爪切りを取りに行った。ついでにティッシュも箱から引っこ抜けば、爪切りセットの完成である。
そして、再び視聴を始めた。何やらクッ…ではなかった、ラスボスの軍隊さん達がどんちゃん騒ぎをしているではないか。彼らはアジトではなく、コンサート会場で生活しているのか。
ノから始まるカメさん、あなたギター弾けたのね。その才能があるなら、軍隊として使われるのではなくて独立した方がいいのでは。
そんなツッコミをしながら視聴を進めていく。
その後、「俺らのやりたいことをやるぜ!」とでも言いたげに、敵達の名前を呼んでいくシーン。茶色のキノコさん、甲羅のカメさん達は名前を呼ばれている。だが、その他の方達が呼ばれず「大勢」でまとめられた。
背中にトゲを持っている敵さんのシュンとした顔が可愛い。
背中のトゲは全く可愛くないけれど。
そこで、ラスボスさんの計画が明らかになる。
(ネタバレになるので大声では言えないが、「彼の恋愛を享受させること」とでも書いておこう。まさかの世界征服そっちのけ。)
その後、所々に恋愛(?)の要素がでてくるようになった。ラブソング熱唱(ピアノの弾き語り付き)、プロポーズの練習が主な内容だ。
正直な感想を言おう。
セリフがクサい。
ピアノの弾き語りができる部分は尊敬する。あの指と爪でよく弾けるな…とは思う。
だが、歌詞で好きな相手の名前を連呼しているところで耐えられずに吹き出してしまった。
好意がダダ漏れなのはいいと思うが、直接的すぎやしないのか。この曲を聴いてしまった部下の皆さんよ、恥ずかしく思わないのか。
プロポーズのシーンも真面目に視聴しようとしたが、ダメだった。
「きゅるん」と効果音を付けられそうな顔。
牙が付いた獰猛な花束。
このギャップは果たして受け入れられるのか。
はっ、そうか。これが俗に言う「ギャップ萌え」か。
そんなところも、悪役である彼の魅力なのかもしれない。とにかく(色んな意味で)最高だった。
私がそんなプロポーズをされたら間違いなく振るが。
さて、皆さんはお気づきだろうか。そんなシーンを見て爆笑しながら、私の手元は違うことをしていたことを。
そう、爪切りである。
爪を切る際は、なるべく白い部分をギリギリまで無くしている。その癖が幼少期から染み付いているため、今もそのように切っている。
タイミング的には、親指を切っていたときのこと。映画の中でプロポーズを練習するシーンがあった。お姫様に扮した魔法使いが「はい喜んで〜」と返している。語尾にハートがつきそうな勢いだ。
服装は完璧。お姫様とほぼ同じである。
だが、顔がほぼ何もしていないのだ。厚底のメガネはそのまま、ハート型に口紅を塗ったくらい。
なるほど、これが最近流行りのナチュラルメイクか。
いや、服装と顔が合っていなさすぎでしょ。
そこで笑った瞬間のことだった。
パチン、という感触の後に何か柔らかいものを挟んだ感覚がした。
なんだろう、と思って手元を見下ろすと爪以外のものが切れていたのである。
…爪以外のものが切れた?
よく見ると、爪の脇にある皮の部分まで爪切りが食い込んでいた。飛び出た皮を切り離すと、内部にある赤い部分が露出しているではないか。
そこで私は、瞬間的にその部分をぐいぐいと押した。あろうことか「わぁどうしよう」等とは一切考えていない。ただ実験感覚で押したのだ。
流血無し。押せば痛いが、押さなければなんともない。
血が出なけりゃ平気か。そんな実験結果を得た私は、次の爪を切ることに取り掛かったのだった。
多分この光景を私の知人たちが見たら、「今すぐにやめろ!」とでも言われそうだな、と思いながら爪を切った。他の爪は、気をつけながら切ったからか、無事だった。
私の親指の爪は、誰かさんのプロポーズ練習会のせいで犠牲になったのだ。
本番は必ず成功させろよ、そうでないと私の親指(の爪)を切りすぎた意味が無いじゃないか。
頼むから、そのすぐに怒る態度を改めてくれ。
モラハラは嫌われるぞ。
この願いも虚しく、物語は進んでいった。
結果、プロポーズ本番は見事に振られていた。いっそ清々しいほどの“Are you insane!?“(意訳:正気なの!?)だった。
さて、ここで一言言わせて欲しい。
私の爪の皮を返せ。