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実話


ダーン。割とそっと置いたつもりが、盛大に溢れた珈琲がこっちにまでかかってしまった。要は、自分が結構怒ってる事に気が付いた。染みを取るのも面倒くさい。

「馬鹿じゃねーの?おまえがやりたくて始めた事じゃねーか」 
「所詮、お前にはわかんねえよ。腹立つな。」

何を見てたのか知らんけど、終わったばかりのストリーミングのスマホの画面がチラッとだけ、見えた。かと思えば、今は何か音楽でも聴いてるんだろう。も一回イヤホン耳に突っ込んでカタカタカタカタ、キーボードを乱暴に叩いてやがる。あ。乱暴にカップ叩きつけるから。コーヒーこぼれてるわ。
また、ああやって自分で自分に苛立ってるんだろう。

「そうやってオレに当たってくるのやめてくんない?」
「当たってねえよ。他人に理解してもらおうとも毛頭思わないんだよ。でかい音立てて悪かったな。」

「馬鹿じゃねーの?」の彼
自称は『オレ』
「所詮、お前にはわかんねえよ」の彼
自称は『俺』

 二人の画像は“そらみみ”様より

「何か嫌な目にでも遭ったのか?」
「別に。所詮、俺が言葉足らずなのが、常に他人の気に障るんじゃないのかな。」
「相手のお頭がお花畑だったとしてもそう思うわけ?」
「…知らねえよ、そんな事。」

汚れた袖をめくりながらこぶしにぎゅっと力が入る。やっぱり自分は傍から見ても不愉快な奴なんだなと思わされて、心臓がチクチクと痛んだ。…ほんとに怒りのやり場とか、わかんねえんだよ。

何をやっても中途半端。ああそうさ、いつだって発言力が上の人間がものを言うんだ。そんなつもりじゃない、なんて言い訳したところで、所詮、上の人間の方が圧倒的に強いんだから。
弁解する意味もないし、周りの空気を周りのために読んで自分から何事もなかったかのようにした。これが最適解だろう。後は全て忘れて、寝てしまえば自分のご機嫌だって取れる。

少しの言葉の行き違いなんて、そんなもんだ。怒る方が子供っぽい。

「で?またオレが悪かったって自分を責めて、相手の馬鹿なトコ全部、おしまいにしてやんの?」 
「俺が理解を示せば、それで済むっていうか。」
「おまえさんが 所詮所詮 を連発してる時は、この世の中を諦めてるだけ。いつだって何かが平等じゃないのよ」
「…だったらどうしろっていうんだ。…俺に発言権も権威もないよ。」
「相手が調子にノリすぎておまえさんを冷めさせただけだって、オレは思うけど?」

こいつの悪い癖だ。いつだって自分が悪いだとか異端だとか決めつける。あ、無言。あ、眼鏡かけ直してる。最初からわかってたけど、グレーが黒になったな。ビンゴだよな。

少し冷静になりゃ、何もかんもどうだっていいじゃねーか。
こいつの言葉には妙な説得力があって、目立つ。恐らくネットでもそうなんだろう。頭の回転が良すぎるのか、イマイチ他人に伝わってないってか、誤解されやすい。
そういう奴だ。だけどオレは大事にしてほしい。おまえに起こる出来事の本質って、なんなんだって事を。てか、めんどくさいからいい加減、学べ。

「ちょっと、おまえの天秤、直させてもらいますよ」
「?!?!」

やめろよ、俺の唯一の武器なんだぞ、その“天秤”は。俺のペンなんかあてにならないんだ。その直感だけが全てなんだ。世の中は理不尽で、不正確で、分からない事だらけなんだ。誰も正解なんか教えてくれないんだ。それだけは奪わないでくれ…!

何とかして取り返そうと思ったのに、ヤツが天秤を抱え込んで何事かしてるなと冷静に思う数分間。
俺は結局、背中を見ていることしか出来なかった。

やがて、あっけらかんと“それ”をこっちに返して来た。俺は四つん這いのまま、情けない。ヤツの表情を見て思考が停止する。何でこんなにこにこしてるんだ?こいつは。
さぞ間抜けな顔をしていたにちがいない。俺の顔を見て、大口開けて笑っている。天秤にぐるっと習字みたいな半紙が巻かれていた。

何か書いてある、なんだこれ。

『しばらくの間、使用禁止。』

「てんびん座のオレ様から申し上げる。乙女座のおまえはしばらく正義の判断をしないように」
「…はあ?」

てんびん座と乙女座が仲が良いなんて誰がいい出したんだろーな。隣にいるの鬱陶しいし、実際まったく仲良くないのに」

にこにこしながらそんな事、俺に言われたって判断に困るぞ。お構いもせずに、ヤツは続ける。

「とにかく、いちいち言葉のすれ違い程度で悩まない事。おまえは今回の出来事で、冷めっ冷めになったってお相手に言ってやんなよ」
「…これまでの努力をパーにしろって言うのか?」
「そんな事おめーの考える事か?テメーのご責任だろって。強い言葉を吐けばそれなりの結果でテメーに返ってくるんだって。わからせてやれば?」
「…俺が居なくたって、向こうは上手くやってくよ。悔しいけどさ。味方も大勢いるからさ。」
「だから、おまえはとっくに冷めてるだろって言ってんの。自分の気持ちを無視するなって言ってんの。乙女座様の天秤も、目がくらん゙でるならいったん使用禁止ね」


オレから見たら向こうがアタマ悪いってそれしか思わねーけどな。まあ、乙女座の事だから、所詮情にほだされてまた元通りにするんだろうけど。そういうのろくな優しさじゃないって思うし、そんな程度で冷めるならそもそも愛なんかないし、おまえの天秤はやっぱりいつだって実に正確だよ。悲しみが怒りに変わっちまうんだよな?

あら、珈琲で汚れたシャツを洗濯しに行ったな。

そうそう、それでいい。
周りの空気読んであげたんだったか?エラいエラい。最適解だよ。

てんびん座はいつだって乙女座の左手の天秤を調節している。
乙女座は右手に羽根ペン、左手には前述の通り『正義と秩序の神』の名のごとく天秤を掲げる星なのである。
そんな星を司る二人のオハナシ。
(End.Thank You!)

あれから何も面影ないよ
冷めたら何も残んないような気がして
突っ立ったまま逃避行
戻れないどうせ
誰かが何を叫んだとしたって

[Alexandros]『冷めちゃう』




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みうみう / MiuMiu
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