第二十四回タンメン会 西馬込「みやぎ」
「おめーに食わすタンメンは、30分並んだあとだ」
の巻
都営浅草線の終点、西馬込駅に降りるのは初めてだ。東京は、広い。何十年暮らしていようと、無縁できた駅はまだまだ残っている。
降りてびっくり。ホームから南口改札までが、遠い遠い。それでも待ち合わせ時間の13時より5分前に着いたぼくはえらい。
3分遅れできたマコトも、まあまあだ。
そして、大川さんからメールが届く。
「乗り間違えた! らしい」
らしいって。どこにいるんだ。こんなときは電話だ。
「なんか、平和島にいる」
「京急線じゃないか」
「違う電車に乗っちゃったみたい」
マコトが割り込む。
「泉岳寺に戻って、乗り換えて。大川さんだとまごついて、きっと1時間近くかかるぞ」
「えーん、先に行って」
あーあ。昨日のメールでは、「自宅から20駅、案外近い」なんて、自信満々の感じだったのに。奢れるものは久しからず。
諸行無常。友情無情。タンメン会は鉄の掟の集団だ。タンメンに背を見せる者は、死あるのみ。もちろん、先に行く。
「まったく、もっと早く気づけよ」
「どんだけ地上走ってから、おかしいと思ったのかね。都営浅草線は、地下鉄だって」
大川さんの悪口吐きまくりながら、ぼくとマコトは国道1号を進む。
広い道だが、沿道にはなにもない。
「クルマでは何度も通ってるが、歩くと殺風景な道だ」
「前回のタンメン会で歩いた、小岩から新小岩までの道とどっこいだな」
大川さんのドジで、心がささくれ立っているぼくとマコトは、道に八つ当たりしながら10分ほどてくてく。
ちょっと脇に入ったところに店は発見したが、待ち人たちの姿が。
「並んでるよ」
「今回は、どうもいかんな」
さらにブツブツ言いつつ、それでも店構えからしておいしそうな「みやぎ」の前に立つ。
「並んでる」と大川さんにメールを送信すると、
「んー、泣きそう」と返信あり。心情ではなく、現況を報告して欲しいところだ。
「いま、どのへんにいるやら」
「大川さんのスマホは、位置情報がわかるようにしたほうがいいな」
「ひとり暮らしだし、生存確認のためにもな」
「そうだ。実は昔からの友だちが死にそうだって、お兄さんから連絡があったんだ。電話に出ないからって自宅に行ったら、倒れていたんだって。明日、見舞いに行く」
マコトの暗く長い話のあいだ、店の列は進まなかった。
並んで20分ばかり過ぎた頃、大川さんからメールが来た。
「西馬込に着いた」
同時に、店から客が次々と出てきて、ぼくとマコトが最前列になった。
「タクシーで来い」のメールに「タクシー、いない」の返事。「歩きつつ、タクシー探して」とさらにメール。
さらに10分が過ぎたとき、タクシーが近くに止まり、飛び降りた大川さんが駆けてきた。
と、店から奥さんが顔を出し、
「何名さまですか」
「3人です」
超ギリギリセーフ。
テーブル席に案内されたが、座りもせずに大川さんはトイレへ。こちらも超ギリギリセーフだったみたい。
マコトは早速、メニューとにらめっこ。
「ビールとギョーザ」はいつものことだが、加えて「ウィンナーと野菜炒め」に目をつけた。なんか、いいねー。
ビールがくると、いつにないことに大川さんがいそいそと注いで寄越した。
「どうも、ご迷惑をおかけしました」
さすがに、反省してるらしい。
「昨日、友だちと会ったんだけど、そいつが待ち合わせ場所を間違えたの。三ノ輪なのに、三河島にいたんだよ」
「西馬込と平和島より、だいぶ近いな」
「うん、なにやってんだとか思ったのに、あたしのほうがやっちまった」
ウィンナーと野菜炒めも、大川さんが皿に小分けにする。
「遅刻したの、書く?」と大川さん。
「書くよ」とぼく。
「あー、やだやだ」
ぼやきながら、ウィンナーにかぶりつく。
ぼくとマコトもぱくぱく。
「ウィンナーの味のするウィンナーだ」
「まさにウィンナー」
子どもの頃から食べ慣れた、ザ・ウィンナーがよく炒められた野菜にいいアクセントをつけてくれて、あっという間に食べてしまった。
すかさずギョーザ登場。ひと皿は5個。
「あたしは1個でいいです」
まあ、当然であろう。でもそう言いながら、メニューをにらむ。
「麻婆豆腐、頼みたい」
「いいよ、ビールももう一本だな」
見た目はやさしげな麻婆豆腐が出てきたが、食べてるうちにマコトの広すぎる額には汗のつぶつぶが。
「すぐ、こうなるんだ」
「あたしは汗、全然かかない」
「もう、干からびてるんだよ」
「銭湯には通ってるけど」
うーん、年寄りの話はずれていく。
「そういえば、中山美穂、死んだね」
風呂つながり、か。
「美穂はさあ」
と、マコト。ミポリンではなく、美穂。音楽業界が長かったマコトは、中山美穂の仕事も結構していたそうだ。はいはい、昔の自慢話、タンメンが出てくるまで拝聴しますよ。
「美穂は出てきたときから、キレイだった。ほかのアイドルとは比べ物にならなかった」
「キョンキョンより?」
小泉今日子の担当だったのが、マコトの自慢だったはずだが。キョンキョンのことも、必ず「小泉が」と呼んでいる。
「全然、違った」
なるほど。
でも、そこまで。タンメン登場。モヤシ主体の細麺だ。
「甘い!」
大川さんが叫んだ。一瞬、店が静まり返る。大川さんは首をすくめて、やっちまったの表情。声のボリューム調節すら難しいお年頃か。
「どれどれ」
たしかに甘みを感じるが、叫ぶほどのことはない。たぶん、味醂の甘さが効いているのだ。
それも食べているうちに舌に馴染み、細麺、よく煮えた野菜がスープともども、するすると喉を通っていく。
あっという間に、完食である。
「ごちそうさま」
ご主人と奥さんのふたり営業で、まあまあ広い繁盛店をまわしていくのは大変だろうに、ふたりとも笑顔で送ってくれた。
さあて、青空の下、初冬の空気が気持ちいい昼下がり、腹ごなしのお散歩といきますか。
目指すは、池上本門寺。
国道1号を超えると、雰囲気はがらりと変わり、静かな寺域が広がる。これなら、歩くのも楽しい。
早速、マコトがお寺の看板見てはしゃぐ。
「真性といえば○○だよ」
おいおい、冒涜発言はやめろ。
と、たしなめる前に、大川さんが応戦。
「梅といえば梅○だよね。あはは」
ふとりとも、火炎地獄に落ちて、舌と下半身を焼かれてしまえ。
池上本門寺は、こんもりとした丘の上にある。
参道に出る前に、脇道があったのでその坂道を登り出したら、罰当たりジイサンバアサンの口が重くなった。ぼくのからだも重くなった。
なんと、9%の急坂である。それがうねうねと続いている。
「階段があるから、こっちでいこう」
マコトが脇道のさらに脇階段を登り出したので、仕方なく従う。仏の道は険しい。太ももがプルプルし始めたところで、なんとか上までたどり着いた。大川さんも3分ほど遅れて、登頂成功。
「すごい立派なお寺じゃん」
江戸時代のひとなら、極楽の入り口に見えたのではないか。どでかい本堂や五重の塔がそびえ立つ。
「インバウンドだらけの浅草寺とは、えらい違い。いいじゃん」
地獄から這い上がってきた大川さんが、感動で目をシバシバさせる。
手を清めて本堂に向かう。
「美穂が安らかに眠りにつけますようにと、お願いする」とマコト。
「じゃ、谷川俊太郎が安らかに眠りにつけますように」とぼく。「大川さんは、火野正平だね」
「ううん、今年一年しあわせに暮らせて、ありがとうございます」
三人とも、しあわせといえばしあわせである。惚けかけてるけど、元気だし。タンメンいっぱい食べられたし。
手を合わせる。
「来年もタンメンいっぱい、食べられますように」
これでいいのだ。
そして、池上本門寺といえば、力道山のお墓である。長年のプロレスファンであるぼくにとっては、外せない聖地だ。
道案内の看板に従って、墓所へ。
現れたのは腕組みする筋骨隆々の力道山先生像。
「空手チョップしていい?」
とふざけたマコトも、いざとなると遠慮してしまう有り難さである。
本堂参拝と変わらぬ敬虔さで、お墓に手を合わせた。
では、下界へ戻るとしますか。
参道は階段も立派で、大川さんはびびって手すりにつかまり、そろそろ降りる。そうそう、踏み外したら、地獄が待っているぞ。
門前で、大川さんは葛餅を、マコトは奥さんにおみやげの胡麻団子を買う。ぼくはパス。
「西馬込じゃなくて、池上駅に向かおう」
「えっ、池上線に乗ったことないんだ。野口五郎のアレだよね」
「それは「私鉄沿線」だって」
と大川さんに言ったが、あとで調べたら、作者の西島三重子は、「私鉄沿線」のイメージでつくったそうだ。大川さんのまぐれ半分当たりでした。
駅前をぶらつき、「コロラド」でお茶することに。
「コロラドって、国だっけ? それとも町だっけ?」
うーん、地名であることはわかった大川さん。惜しい、のか。
「州名だよ」
「そうか。コロンビアと間違えてた。どっちも4文字じゃん」
「コ、ロ、ン、ビ、ア。5文字だよ」
「てへ」
注文した飲み物を、お姉さんが運んできた。ぼくと大川さんのには、黒蜜かなんかがウネウネと垂らしてある。
「バカ、って書いてあるの?」
大川さんのボケに、お姉さんが笑いをこらえる。
「くたばれ、だよ」
ぼくが訂正すると、とうとうお姉さんは吹き出した。やったー、ウケた。
「たしかに4文字だね」
大川さんは、コロンビアを引きずっているようだ。
ここで、マコトが乗ってきた豪華客船で日本一周の旅の話になった。待ってましたと、マコトがスマホの写真見せつつ、説明を始める。
パーティー用のスーツにサングラスのマコトは、どう見てもメンインブラックだった。それはまだいいが、イタリアデーとかでイタリアンカラーで固めた姿は、バカ丸出しで笑った。
「アリババで何百円とかで買っていったんだ」
夫婦仲がよろしければ、準備から楽しい旅なのかもしれない。
大川さんは、マコトではなく、写真に写ったマコトの奥さんに注目していた。
「品のある奥さんだね。あたしとは付き合えない感じ」
「ぼくは付き合えるよ。高校同じだから」
マコトの奥さんは、ぼくの高校の一年先輩なのだ。
「品って、なにかね」
ぼつりと大川さん。
「そのひとの人生から滲みでるものだろう」
「あたし、品がないよね」
「というより、下品」
同じく下品なマコトの指摘に、大川さんもあははと品なく笑いだす。
そのあと、大川さんほぼくに顔を寄せ、耳打ちしてきた。
「さっきからあのオバサン、あたしのことチラチラ見てるんだよね」
それはぼくも気づいていた。マコトの奥さんほどではないが、大川さんよりは品がありそうなオバサンだ。
「あたし、よくああいうオバサンに見られるんだよね」
本日の大川さんは年齢無視のレモンイエローのヨットパーカーに、身を包んでいる。
「まあ、その格好だし」
「そうだけど、地味な色とか、紫とか着たくないんだよ。あと、イタバシくんに言われたくないけど」
一理ある。ぼくもワインレッドのベレー帽なんか、被っている身だ。
「きっと、カンに触るんだよ。着てるものだけでなく、雰囲気とか。間接的にだけど、自分の価値観を否定されているように感じるんじゃないかな」
「わかるけど、なんかイヤだ」
「歳を取ると頭が固くなって、異物に厳しくなるもんだよ。ぼくらも気をつけないと」
我々タンメン会は、紛れもなく小市民の集まりだが、そこにすっぽり収まることをのらりくらりと逃げて、ここまで来た集まりでもある。とくに大川さんは。
世間の白い目に負けず、来年もタンメン食べてはしゃぐのだ。
さあ、池上線に乗って、おうちに帰ろう。
「もう一品、食べればよかった。肉、食べてなかったよね。あたしはギョーザ、1個しか食べてないし」
なんだ、大川さん、元気じゃん。肉はマコトの好物だと思っていたのに。
あ、書き忘れてたけど、池上本門寺で引いたマコトのおみくじは吉でした。大吉でなく、吉ぐらいがいいのだと思う、今日この頃です。