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砂明利雅
2023年3月26日 04:11
喉に痛痒さを感じて目を覚ました。唸り声が出る。毛布を被った体が促すままに息を発するとそれは咳となり、胸の奥から音が鳴った。息を吸って口から入り込む空気は、冷たく、乾いている。床に清潔で細やかな生地の布を敷いてはいるが、古びた木の箱みたいな馬車の中ではどうしても粉塵が舞ってしまうのだ。そして、この埃っぽい空気は喉を刺激し、冷たいくせに喉を焼いたようにしてくる。「フェンレイ、だいじょうブ?」 甲
2023年7月9日 03:26
中庭の禿げた地面の上で、蓮玉様の護衛の男と対峙する。ここは夏に龍翔と模擬試合をしたのと同じ場所だ。庭の草花は秋の色に変わりつつある。椅子に腰かけた二人の王女、蓮玉様、そして菊花様が、黄や白の花に彩られ、秋色に華やいで見える。 椅子の肘掛けに手を置き、ただじっとこちらを見ている蓮玉様の横で、菊花様は膝の上で拳を軽く握りながら、目を伏せていた。「では二人とも、用意はいいかしら?……ああ、あんたが
2023年7月13日 02:19
「ええっ、何度もできないの? 豊蕾、あの回転斬り」 晩餐の翌日、朝日が差す裏庭で、芝に座る鈴香が目を丸くして叫んだ。「ああ。あの技は頭に負担が掛かるからな」 剣舞の動きを試そうと木刀を片手に動いていた。鈴香はついてきたいと言うので傍で見てもらっている。「でもさ、あれが一番いい動きしてたじゃない」 そう言いながら、鈴香は架空の剣を横に薙ぐ仕草をした。その剣先は空を切る。「取り入れたいとは
2023年7月17日 03:57
人々が我先にと逃げ回り、怒号が飛ぶ。一方では悲鳴、嗚咽、そして狂喜の笑い声が上がる。まさに混沌であった。 そんな中、私と允明は刀を向け合ったまま対峙する。背後には菊花様がいる。彼女に奴を近づかせはしない。「どうした? かかってこいよ、豊蕾。この雑魚女」 大柄の允明が見下してくる。亡き龍翔が斬ってつけた左頭の傷からは血が流れているが、その勢いはおさまりつつあった。允明はさっきまで痛がる様子