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砂明利雅
2023年3月26日 04:11
喉に痛痒さを感じて目を覚ました。唸り声が出る。毛布を被った体が促すままに息を発するとそれは咳となり、胸の奥から音が鳴った。息を吸って口から入り込む空気は、冷たく、乾いている。床に清潔で細やかな生地の布を敷いてはいるが、古びた木の箱みたいな馬車の中ではどうしても粉塵が舞ってしまうのだ。そして、この埃っぽい空気は喉を刺激し、冷たいくせに喉を焼いたようにしてくる。「フェンレイ、だいじょうブ?」 甲
2023年3月28日 03:00
「行くぞ! 剣を持て!」 前開きの黒い服に腰の帯を締めた男が、腰に下げた鞘から反りのついた刀を抜いて叫んだ。周囲の男達の反応を待たず、目の前の扉を足の裏で蹴る。木製の扉は簡単に外れて倒れた。 周囲の男たちも刀を抜き、オォ、と雄叫びを上げる。私も、刀を抜いた。丁寧に拭き上げ、油を塗った刀身が、朝靄を抜けた日光を反射する。 私は声を上げなかった。男達の叫びの中で、ひとり女の声が混じっては、意気が
2023年3月31日 01:02
「私に、侍女の働きをしろと?」 つい語気を強めてしまったことに気付き、慌てて口を押さえた。 机越しに向かい合う玉英が、頭を下げている。その隣で椅子に座る菊花様は、その大きな漆黒の瞳で彼女の顔を覗くようにじっと見上げていた。 ここは菊花様の部屋の隣で、元は侍女が住んでいた部屋だ。壁際の棚には巻いた糸や糸きりばさみなどの裁縫道具が並んでおり、また別の場所には化粧台がある。そこにも櫛や小瓶が置かれ