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初めての彼氏より東大合格を選んだとある女子高生の淡い夏【エッセイ】



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☀️この記事はクロサキナオさんの企画に参加するために書いたエッセイです☀️
#クロサキナオの2024AugustApex

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ここ10年ほど、夏が来ると毎年あのときのことを思い出す。

そして、あのとき選んだ道を何度でも振り返ってしまう。

あのときK君と付き合っていれば、私にはどんな未来が待っていたんだろうか、と。

◆ ◆ ◆

「サナちゃん、やっと追いついた! めっちゃ走ったわ。暑っ!」

季節は、高校3年生の夏休みが始まったばかりの7月下旬。

学校の自習室で受験勉強を終えた私は、夕方に高校を出て最寄り駅まであと100メートルほどのところまで歩いてきた。
そうして信号待ちをしていた私の隣に、軽く息を弾ませたK君が並んだ。

K君に目をやると、見るからに重そうな鞄を肩にかけていた。
これから駅前の塾で授業を受けに行くのだろう。
K君の塾は、課題が多く指導も厳しいことで有名だった。

「K君、お疲れ様。そんなに走らんでもよかったのに」

私は、いきなりK君が現れて正直びっくりした。
そして何気ないふりで言葉を返しながら、K君が私の隣に来たことを不思議に思っていた。

K君がこれから塾に行くのなら、私たちはあと100メートルほどしか一緒に歩かない。
その100メートルのために、K君はこんなに暑い中、私の背中を追いかけて走ってきたということ?
K君がよりによって私のこと好きなわけないでしょ? なんで?

単純に嬉しい気持ちはありつつ、K君の意図が読めなくて少し不安な気持ちになったりもした。

◆ ◆ ◆

この日まで、私とK君の関係はただの同級生だった。

K君も私も特進コースで、K君は隣のクラス。
K君の成績は文系の中でトップクラスで、背が高くて顔もかっこよくて、性格も優しくて面白くて、モテる要素を全て兼ね備えきったような男子だった。
彼女がいる噂は聞いたことがなかったけれど、私が単に恋愛とかそういう方面の話に疎いからだったかもしれない。

片や私は成績学年トップで、高3夏の時点で東大合格は確実視されていた。
外見は、良くも悪くも特筆すべき点はなし。
化粧もせずスカートもひざ丈、髪型はロングのハーフアップ。
「ガリ勉陰キャ」と指を差されることもなく、かといって陽キャでもなく、ただただ成績の良い人と思われていた。

モテキャラのK君と、優等生キャラの私。
キラキラした世界にいるはずのK君が地味な私をわざわざ追いかけて来てくれる意味が、当時の私にはあまり理解できなかった。

◆ ◆ ◆

K君と私の不思議な関係は、8月いっぱい続いた。

毎日、私が自習室に来る頃にはK君はすでに自習室で熱心に勉強していた。
そして、私がそろそろ疲れたなと思って夕方に帰ろうとすると、K君も荷物を片付け始める。
そして、自習室を出たあたりで合流して、駅まで一緒に歩いて帰るのだ。

次第に自習室でひそかに目が合う回数が増えた。
殺気立つ自習室の中で私は一人、甘い気分に浸っていた。
人生で初めての恋に、少し浮ついていたのかもしれなかった。

駅まで一緒に歩いて帰る間は、他愛ない話ばかりしていた。
受験勉強の進捗とか、名物先生の話とか。
特に変わった話題はなかった。

例えば、今後の私たちの関係についてとか。

◆ ◆ ◆

8月も下旬に差し掛かる頃、私はK君との不思議な関係について本気で考え込んでいた。

K君からは、私に対する好意、少なくとも興味は感じられた。
恋愛感情まで抱いていたのかは、恋愛経験が皆無の私には分からない。
それでも、憎からず思われていることだけはその方面に疎い私でも気づいた。

そして、この関係の延長線上には私たちが付き合う未来もあるのかもしれない、と思った。
K君はかっこよくて優しくて頭が良くて、本当に素敵な子だ。
そんなK君と、他の子を差し置いて優先的に時間を過ごせるのはとても魅力的に思えた。

このまま流れに身を任せてしまいたい。
誰かに大切に扱ってもらえる時間を、存分に味わってみたかった。

しかし、ここで私の理性が本領を発揮してしまった。

私は東大を受験するのだ。
いくら東大A判定が続いているとはいえ、いつ成績が落ちるかは分からない。
まだ不安な科目だってある。
そんな中で、初めての恋にうつつを抜かしていいのだろうか。
恋を優先して東大に落ちてもいいのだろうか。

そして、K君が関西の大学を志望していることも大きな懸念点だった。
二人とも無事に合格したとしても、大学生の遠距離恋愛はまず続かない。
半年間の淡い思い出だと割り切って恋愛を楽しむという器用なことを、恋愛初心者の私ができるとは思えなかった。

本当は、K君と付き合いたい。
仮に付き合うまではいかなくても、このままの仲良しな関係を続けられるときまで続けたい。

いや、受験に向けた大切な時期にそんな浮ついたことをしてはいけない。

こんな考えが頭の中をぐるぐるし始め、天使と悪魔による真剣勝負が数日間繰り広げられた。
そしてある日、私の中の天使が勝利を収めた。

私は、K君との関係を自然消滅させることにした。

その日から、K君とは目を合わせなくなった。
視線を感じることは何度もあったけれど、全部気づかないふりをした。
一緒に帰ることもなくなった。

K君を慕う気持ちと申し訳ない気持ちを抱えながら、私はそれを東大受験への熱意に変換するかの勢いで受験勉強に励んだ。

◆ ◆ ◆

9月。夏休みが明けて、学校が再開した。

ある日の掃除の時間、私が真面目に机を運んでいると、K君が私の教室にふらりと入ってきた。
そして、普段からつるんでいる男子グループに合流しておしゃべりを始めた。
それだけ見るといつもの光景なのだが、K君の姿勢を見て、私は目を疑った。

椅子に座ったK君は、私のクラスのMちゃんを膝の上に乗せていたのだ。

Mちゃんはギャルっぽくて、私とはタイプが違うのでほとんど会話したことがない。
Mちゃんがどの大学を志望しているのかすら知らなかったし、興味もなかった。
むしろ、数少ない会話から「Mちゃんってちょっと性格悪いかも」と思った経験があり、好きになれなかった。

そんなMちゃんとK君がいちゃいちゃしているところを見て、私はショックで愕然とした。

何かの見間違いだろうと、その見てはいけない光景から無理やり視線を外して私は机運びに集中した。

しかし、来る日も来る日も、K君は私のクラスに遊びに来てMちゃんと仲良く話していた。
二人が付き合っていることは、誰が見ても明らかだった。


最初、私はK君の「裏切り」に対して激しい憤りを感じた。

Mちゃんは私と全く異なるタイプの女の子だ。
女の子と付き合えれば、誰でもよかったのか?
私がK君と距離を置き始めてから2学期の始業まで2週間もない。
その間にK君は私からMちゃんに乗り換えたということなのか?

しかし、憤りは次第に呪いに変わっていった。

私は恋愛より受験の成功を選んだ。
恋愛にうつつを抜かす奴らは、どうせ受験にも失敗するに違いない。
K君もMちゃんも、第一志望に落ちてしまえ!!

私は受験勉強にますます身が入り、無事、東大に現役合格した。


◆ ◆ ◆

もし私がもうちょっと器用で、もうちょっと恋に積極的な女の子だったら、K君との関係を終わらせる必要はなかったかもしれない。

それか、もし私がもうちょっと成績が良くなくて、東大を志望したりしなければ、K君との関係を進めることもできたかもしれない。

しかし、私がそんな女の子であれば、K君は私にそもそも興味を抱かなかったのかもしれない。

たらればを考えても仕方ないけれど、そう考えたくなってしまうくらい、K君は私の思い出の中で今でも素敵な子として残っている。




ちなみに、K君は受験直前期にさらに成績が伸びて、志望ランクを上げて見事合格した。

それを知った瞬間ほど、「リア充爆発しろ」と願ったことはない。




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