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妄想小さな貸本屋7

物語
読書

この前借りた「イソップ寓話」と別に実家の近所で買ったお土産をぶら下げて「いつもの」貸本屋に来た。「ちりんちりん」といつもの音が中から響いてくる。お土産を持って来る場所が一つできたワケか、と思った。
窓口の戸がすうっと開いて「いらっしゃい」といつもの声がした。「今日はどんな本がいいですか?」ちょっと不思議だけど、帰ってきた感じがする。
「あ、これ、お返しします。おっしゃる通り思ったより大人の読みものでしたねー。2回半読んでしまいました」と、「イソップ寓話集」に300円をそえて窓口の前に置いた。
「あ、それと」とお菓子の箱が入った紙袋をちょっと開いて窓口に向けて
「これ、よろしかったら、あの、実家の近所にこのお菓子屋さんがあって」
全国的に有名なお菓子屋さんなのだがなぜか実家の徒歩圏内にあるので普段からちょこちょこ利用していることを伝えた。
「ええと、紙袋から出した、方が、いいです、かね?」
「あー、これはこれは恐れ入ります!いえ、はいはい紙袋ごとであはーいいただきますこの紙袋というものもわたくし大変に好きでして物産展があれば行くんですがこれがなかなかあれでしてははっまことにありがとうございます」と中から手が伸びてきて紙袋ごとお菓子の箱が「わしっ」とつかまれて窓口に吸い込まれていった。
職場に持って行った以上に喜ばれてしまって予想外でちょと面食らったが
とにかくよかった。
だって
いえ、こういったものは受け取れませんだとか実は減量中でしてだとか食事制限がなんて言われたらかえって目の毒で迷惑になるし、と結構緊張して少し怖い感じで持ってきたのだ。
うん、まあ、よかった。
さて、今日借りる本は、と。
「ええと、なにかこうじっくりっていうかしっとりしたやさしい感じの本で作家の人生とか仕事とか生き方とかこうなんというか」ああダメだやっぱりうまく言えないよ-「これでいかがですか」うわっと、来たよ!
出てきたのはまあ普通の大きさのハードカバーだった。
「アルジャーノン、チャーリイ、そして私」
早川書房ってSFとかミステリのとこだよな。
アルジャーノンってナンか見た気がする。
「この本はSF界の金字塔ご存知「アルジャーノンに花束を」を書いたダニエル・キイスの自伝的物語でダニエル・キイスの子どもの頃からの様々な経験が積み重なっていって何度も形にしようとしては作品にならないままに何年も何年もかけて新たな要素が加わっていきついに練りに練った名作が誕生するまでの長い足跡を見ることができる本でダニエル・キイスの魅力は人間というものの洞察力とともにその優しさなのだろうということがじわあーっっと染み入ってあっ、要するにこれはSFファンでなくても普段目にできない創作という仕事が垣間見られるような本でしてダニエル・キイスいいですよ」
店主がSF好きでダニエル、キイス?のファンなんだ、とよくわかった。
その本を受け取っていつものように丁寧にバッグに入れた。
「楽しみ」を持って歩くのはいいよなあと思いながら、きっと店の中では店主が紙袋から丁寧にお菓子の箱を取り出して空の紙袋を丁寧に伸ばしているところを想像しながら家路についた。
「楽しみ」は大事だよ。

本日おすすめされた本
「アルジャーノン、チャーリイ、そして私」ダニエル・キイス著 
小尾芙佐訳 早川書房

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