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ぎこちない父娘と忘れられない音楽。

『(出だし)星降る夜丘に登って・・・

(サビ)
ラララ〜と声合わせて歌を歌おうよ〜 

素敵なメロディーに・・・ 

夢祈るだけじゃ・・・ない

明日のメロディーに・・・』

 ふいにラジオから聞こえてきた、タイトルも歌手名も分からないこの曲がまだ耳に残っている。

 あれは高校受験の合格発表の日。私は父と結果を見た後、車で帰る途中だった。


 
 その高校は今も県内で進学校と言われている。当時、私は英語が大好きで、将来は通訳者になりたいと思っていた。英語に特化した学科があるその高校に行きたいと、結構…いや本気で勉強に取り組んだ。

担任からは「合格はギリギリかもしれない」とは言われていた。一か八かを試すよりも、確実にいけると別の高校(そちらの高校も文武両道で人気のある学校だった)を勧められもした。

 でも、私には夢があったし、どうしてもチャレンジしたかった。勉強を真剣に取り組んだ甲斐あって、願書提出までに成績も伸びたこともあり、私は一か八かの勝負に出た。


 
 試験の自己採点は、ほとんどの教科で良い点が取れた。英語に関しては満点に近かった覚えもある。ただ、数学の点数だけは…厳しいかもしれないと思う結果だった。

ぁあ…内申点もその高校に出せるギリギリのラインだった…。その上、一つの教科で点を落としてる…本当に一か八かの堺に立っていると、不安感に襲われた。


そして迎えた合格発表当日。
本当は母と見に行きたかったけど、母は仕事の都合で行けず、代わりに父がついてきてくれた。

私は父と性格が似ているところがあり、それが逆に反りが合わない原因にもなっていた。しかも当時の私は思春期真っ盛りで、加えて受験の結果は不安しかない。落ちた時、父とどう接していいか分からず、まだ一人で見に行く方が気が楽だと思った。しかし、自宅から高校までは遠い。断る理由も見つからず、私は素直に父と高校に向かった。



 高校に到着した。合格発表が張り出される。ドキドキしながら父と一緒に番号を探した。
私達はほぼ同時に結果が分かった。



不合格。



「まぁ…あれだ……。行こっか」と父が言った。
「うん」としか言えない私。

 私達は静かに車に乗り込んだ。車が走り出す。いつもはお喋りな父が無言だった。助手席に座った私も何も言わなかった。重い空気の車内にラジオだけが響く。ボーとする私には何も聞こえてこなかった。



 どのくらい時間が過ぎただろう。ふと、あの曲が耳に入った。


『(出だし)星降る夜丘に登って・・・
(サビ)ラララ〜と声合わせて歌を歌おうよ〜 素敵なメロディーに・・・ 夢祈るだけじゃ・・・ない 明日のメロディーに・・・』


たしか、こんな感じの歌詞だったと思う。女性の歌手で少しハスキーボイス。心地よい、南国っぽいゆったりとしたメロディーと優しい歌詞。

いい歌だな〜。
暗い気持ちが少し和らぐ。私はボリュームを大きくした。もしかしたら、父はそんな私に気づいたのかもしれない。

「私を取らなくて損したね、ってぐらいに思っておきなさい」と一言。
「うーん………うん」と私。


それだけの会話で終わった。
今思えば、あれは父なりの励ましだったと思う。


 
 その後の私は、さっさと二次募集の高校を決め、一足遅れて合格通知を受け取った。意外にも早く気持ちを切り替えられたのは、結果は悔しいけれど、挑戦したことで後悔が残らず、逆に清々しい気分にさせてくれたからだと思う。

そして、あの曲。
歌詞はうろ覚えなのに、なぜか元気になった。歌声やメロディー、そして所々の歌詞。全てが重なり合って私に響いたのかもしれない。


 今でもたまに思い出す。曲名を知りたくて、歌詞や鼻歌で検索をかけるけど見つからない。もう何十年も経っている。あの曲はどこか私のオリジナルが入っているかもしれない。歌詞だって記憶のすり替えが入っているだろう。仕方がない。

それでも時々私は口ずさむ。
『ラララ〜と声合わせて歌を歌おうよ〜 素敵なメロディーに・・・ 夢祈るだけじゃ・・・ない 明日のメロディーに・・・』と。


 
 後日談だが、高校入学までの春休みを友人達とエンジョイしていた私に父が報告した。

「知り合いの教師に聞いたんだけど、やっぱりあの高校は全体のバランスがいい方をとるらしい。数学落としただろ。あれが厳しかったかな~」

私は「ふ〜ん」とだけ答え、
…うるせぇ。こっちはもう気持ちを切り替えてるんだ。余計な事をしないでくれ!…と心の中で毒づいた。

父娘が分かり合えるのは、まだまだ先のことであった。


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