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“誰か”の物語を書く、“私”の物語と出会う。 彩瀬まる著『不在』 感想

仕事柄、1か月に最低5冊の本を読みます。
中をパラパラとチェックする程度のものも加えると、50冊以上の本と触れ合っています。
せっかくなので、他の本よりも印象に残った本については文章を記していこうかと。

彩瀬まる著 『不在』KADOKAWA  https://www.kadokawa.co.jp/product/321606000527/

長らく疎遠だった父が、死んだ。「明日香を除く親族は屋敷に立ち入らないこと」。不可解な遺言に、娘の明日香は戸惑いを覚えたが、医師であった父が最期まで守っていた洋館を、兄に代わり受け継ぐことを決めた。25年ぶりに足を踏み入れた錦野医院には、自分の知らない父の痕跡が鏤められていた。恋人の冬馬と共に家財道具の処分を始めた明日香だったが、整理が進むに連れ、漫画家の仕事がぎくしゃくし始め、さらに俳優である冬馬との間にもすれ違いが生じるようになる。次々現れる奇妙な遺物に翻弄される明日香の目の前に、父と自分の娘と暮らしていたという女・妃美子が現れて――。愛情のなくなった家族や恋人、その次に訪れる関係性とは。気鋭の著者が、愛による呪縛と、愛に囚われない生き方とを探る。喪失と再生、野心的長篇小説!

私にとっての彩瀬まるという作家

フィクション作品を読むなかで、何度か「この登場人物は私だ。」と思う人に出会ったことがある。物の考え方も行動も手に取るように分かるから、その先に待っていた絶望的な運命をまるで自分が享受したかのように涙し、寄り添ってその背中を撫でてあげたくなるのだ。

私にとってそんな作品を書くのが彩瀬まるさん。
最初に彼女の作品に触れたのは、たぶん『あのひとは蜘蛛を潰せない』だったと思う。その中のとある一編を読んだとき、「この登場人物は私だ。」と、ゾッとしたことを覚えている。どうして私の考えが分かるのか。怖い、と。

どうしてもこの作品を書いた彩瀬まるさんが他人とは思えなかった。好奇心に突き動かされ彩瀬まるさんについて調べていくと、実は彼女ととある場所で人生が少しだけ重なっていたことを知る。
このことが彩瀬まる作品に共感する直接の理由ではないかもしれないが、それを知ったことで、さらに彩瀬まるという作家が気になってくる。

この頃から私も文章を書いてみたいと思うようになっていた。
“誰か”にとっての“私の”物語を書いてみたい、と。

しかし行動に移すことはなく、、彩瀬まるの『不在』を読んでいた。すると、唐突にこの言葉と出会う。

「(略)・・・どれだけ一人になったって、周りにあなたを理解してくれる人がいなくたって、必ずこの世にはあなたと近い気持ちを持ったクリエイターがいて、漫画とか、音楽とか、演劇とか、小説とか、作ってるの。だから、なにを拒んでも大丈夫。絶対に一人にはならないよ」

私にとっての彩瀬まるに、彩瀬まる作品の中で出会うとは思わなかった。思わず息をのんだ。


誰が明日香を肯定するのか

さて、今回の『不在』に登場する明日香の生き方や人間性に対して、多くの人は恐怖を抱いたり異常性を感じたりするのだろうか。明日香の、相手を無意識に支配しようとするような、本人ですら気付いていない部分を、読者には匂わせながら物語は進んでいく。

この明日香の心の動きが、私には切ないほど分かる気がした。
誰かに無条件で愛される。そして無条件で愛されていることに気づく。
この経験がないまま大人になると、人は自分以外の誰かに対して愛情を試すような行動をとってしまうような気がする。

大人になってから無条件で愛してくれるような人なんてそうそういない。
だからこそ明日香は自らを、そして自らの過去を無意識に肯定しようとしていく。


何かを整理し、片付け、そして生まれ変わらせるという作業

作品を通してバックグラウンドで動き続けているのが洋館の片付けという作業だ。人生も同じだが、どんなに嬉しいことや辛いことが起きていても、それに並行してご飯を食べたり部屋の掃除をしたりという日常生活を営んでいる。

その中でも特に整理、片付けという作業は、自分自身を整える作業のように思う。

基本的にどんな状況であれ手順は変わらず、淡々と目の前にある物をかわしていく。片付けとは私にとってそんな作業だ。心を大きく乱されることもなく、ただ己と静かに向き合える時間、片付けはそんな時間を私に提供してくれる。

明日香は自分の過去の思い出がつまった洋館で、まさに己と向き合う時間を突き付けられたのではないか。そこには暗い思い出と対比して際立たされた、明るい思い出だけが存在したように見えたのかもしれない。


きっと私の中に明日香がいる

この作品を読んで、明日香に共感する人、まったく分からないと思う人、感想は様々だと思う。しかし気になった人には読んでほしい。もしかしたらそこに”私”がいるかもしれないから。

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