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詩誌「三」75号掲載【ある風景】正村直子

乗り換えのために降りたホームで
次の電車を待ちながら
このホームから一歩も出たことがないと気がついた
線路の向こう側には
雑居ビルと相変わらずテナント
複雑に交差する電線があった
帰宅ラッシュのホームは騒がしいはずなのに
私の周りは曖昧にぼんやりとしている
褪せたオレンジ色のベンチに座る人は
音もなく去っていった
いつもと同じ三番乗り場からの
夕方六時すぎのほんの数分
どうやら何年も何年も
この街のたったひとつの風景だけを
私は見ていたらしい
この風景の向こう側で
いま誰かが夕食の支度をして隠し味を加えていたり
公園では忘れられたボールが転がっていたりする
私の知ることのない風景の中
いままさに生まれている
泣いている
夕闇のなか
私を運ぶ電車の光が見えた

2024年9月 三75号 正村直子 作

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