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詩誌「三」75号掲載【音】石山絵里
休日の朝のリビングには、テレビの音も、足音一つだって、聞こえはしない。と思ったけれど、耳をすませると、時計の秒針が動く音、雨つぶがアスファルトに落ちる音、食洗機の中で水が流れる音、エアコンの稼働音など、実にいろいろな音があふれている。本当に何の音もしない時間など、一日の中で一秒だって無いのかもしれない。
寝室をのぞくと、娘が静かに寝息をたてている。延々と続くような気がしていた彼女の夏休みも、終わりが見えてきた。遠い日。私が少女だったころ。イヤホンで一人、お気に入りの曲を聴いていた。たった一人で音楽に没頭していたあの瞬間も、外では風が木の葉を揺らし、隣人はせっせと車を洗い、母はキッチンで卵を焼いていた。私は、セミの鳴き声がしなくなったことさえ気づくことなく夢中で時を過ごしていた。
そんなことを思い返していると、食洗機から終了をしらせるブザー音が鳴り、雨はやんでいた。雲間から日の光がさしている。うんと背伸びをすると、背骨の辺りがわずかにきしんだ。今日は、セミの鳴き声を聞いていない。リビングの室温を確認し、エアコンの電源をオフにする。雨もやんだことだし、散歩にでも出かけるか、と思い立ち上がると、寝ぼけまなこの娘が寝室から出てきた。朝のあいさつもそこそこに、慣れた手つきで娘がタブレットを操作すると、彼女のお気に入りのKポップの曲が大音量で流れ始めた。