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詩誌「三」76号掲載【車窓の踊り子】飯塚祐司

山間を走る電車がカーブに差し掛かると、隣で眠っていた妻が肩にもたれかかり、膝の上に置いた旅行鞄が落ちないように手を載せた。例年なら紅葉しているであろう山並は、残暑が厳しかったせいかようやく黄色が所々に見られる程度で、少し傾きかけた西日に深緑が映えた。

長く続いたカーブを過ぎると俄かに稜線が遠ざかり、緩やかな斜面に民家が点在する景観の中を、電車は規則正しく揺れながら走っていく。始めて見るはずなのに、何度も見たことがあるような懐かしさを感じる風景が、次から次へと流れ去った。

しばらくして、車窓からは一目で学校だと分かる建物が見えた。おそらく小学校であろう放課後の校庭では、十人くらいの子どもたちがサッカーをしていた。男子も女子も一緒になって駆けまわり、サッカーボールを追いかけている

その中で、一人の女の子だけが、片足を上げ両手を緩やかに体の前で組み、くるくると回っていた。バレエの練習でもしているのだろうか。ボールには目もくれず、ただ一人走ることもなくその場で回り続けている。他の子たちもそれが当然であるかのようにサッカーを続けていた。

学校を過ぎると、電車は長いトンネルの中に入った。真っ暗な車窓に、先ほどの女の子の姿がいつまでも浮かんでいる。彼女の人生の中で、今日という日が特別な一日であるのか、あるいは忘れられるべきありふれた日常の一つであるのかは分からない。ただ、他の何にも気を留めず、夕陽を己の為のスポットライトとして独占し、回り続けるその姿にとても美しい舞台を見たと思った。

足元から伸びる小さな影だけを供にする車窓の踊り子に、ここにも観客がいたことを拍手と共に伝えたかったが、それが叶うことは決してない。だからせめて、トンネルを抜けて妻が目を覚ましたら、その舞台の事を話そうと思った。

2024年12月 三76号 飯塚祐司 作

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