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「唐揚げと喋る人」

これは割と最近のエピソード。
近所のあるスーパーの総菜売り場にいた時に、六十代の半ばくらいだろうか、小柄な男性に急に話しかけられた。
「すいません、わたし耳悪いんで、少し買い物に難儀しておって、もし良かったら協力して欲しいんですが、ええですか?」
「いいですよ」
私は、総菜の割引か特売品の案内について店員に聞いて欲しいとかそういうことを頼みたいのかなと思い、男性の望みを承諾した。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
男性は、私の返事を聞くなり深々と何度も頭を下げた。
その様子を見て、そんなに大げさにお礼言わんでいいのにと思いながら私はこう言った。
「で、何を手伝ったらいいんです? 店員さんここに呼んで来ましょうか?」
すると、男性下げていた、レシートや紙くずで一杯のエコバッグの中に手を入れて、ガサガサと何かを探しはじめた。
「あ、ありましたわ。これです」
男性がエコバックから取り出したのは、二十円引きのシールの貼られた唐揚げの総菜パックだった。
「返品したいってことですか? じゃあ、店員さんに対応できるかどうか聞くだけきいてみますが、出来なかったら、それまでってことでいいですか?」
私がそう言うと、男性は「違います、違います」と慌てた口調でパックを持っていたのと違う方の手をパタパタと振りながら否定した。
「そういうお願いと違います。これねえ、昨日の晩御飯に食べようと思ってレンジでチンしようとしたら、この唐揚げが食べられる前に兄弟に会いたいから、兄弟を探して欲しいと言って来たんです。同じ雌鶏の親から生まれた兄弟がまだパックに残ってる筈やから、探して欲しいと言われて、そういうお願いされたらしゃあないなあと思いまして。せやけど、耳悪いし唐揚げの声が小声やったら聞かれへんので、誰か手伝ってくれへんかなあと思って勇気を出して声かけしたんです」
「唐揚げにされた時点で死んでません? いや、その前に生きたまま調理されてませんよね」
「そないなこと言われても、ほんまに聞いたもんやから……」
男性はしゅんとパックを持ったまま項垂れた。
安請け合いしたことを後悔しつつも、面白そうだなという気もしたので私は男性の要望に付き合うことに決めた。
男性は、ずらりと並んだ唐揚げのパックの一つを手に取り、元々持っていたパックの前に翳し「こいつか?」「これ、兄弟か?」と聞いた。そうした後、元々持っていたパックに耳をあてて「違うみたいです」と言うのを三回ほど繰り返した。
売り物の唐揚げのパックの扱いは丁寧で、指を立てたり表面を触ったりそちらに耳を当てることはせず、手にとってそっと囁くように聞いていた。
しかし、同じような動作を三回繰り返した時点で店員がやって来て「どうされましたか? 」と声をかけられた。
男性は店員さんの問いかけに、絞り出すような切ない声で「兄弟を探してまんのや」と伝えていた。
「お連れの方をお探しでしょうか? こちらの方は?」
店員が私の方をチラリと見たので、私はたまたまここで会っただけですと伝え、説明が面倒臭くなったので、その場から立ち去ってしまった。

なので、唐揚げのパックが無事兄弟を見つけられたかどうかは分からない。
そして、なんとなくスーパーに悪いなという気がしたので、男性が手に取った唐揚げのパックは購入した。
そのせいで、晩のおかずは唐揚げだらけになってしまった。

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