#46 消費者から貢献者への成長
「消費者から貢献者へのシフトが人間の成長だよ」
そのように、スワミ ダヤーナンダジはよく仰っていたと聞きます。
少しずつ貢献者として振る舞える場面が増えてくると、消費者だった自分がどれだけ与えられ、支えられていたのかがわかってきます。
「自分が満たされていないと与えることはできない」
という文言もSNSなどでよく目にしますが、むしろ「与える」から「自分も与えられている(満たされている)ことがわかる」のだと思います。
実際に足りていない(欠乏)なら、満たすことができますが、足りていない「と思っている」(欠乏感)であれば、「私は足りていない」というその人の自己認識が変わらない限り、いくら得ても欠乏感が満たされることはありません。
自戒も込めて厳しい言い方をすると、「まずは自分を満たしてから(→自分はまだ十分してもらっていない、与えてもらっていない)」という消費者的な態度では、すでに与えられていること、満たされていることに気づけず、いつまでも足りない足りないと求め続けることになります。
dānena adānam tara
与えることによって、与えられないことを超えなさい
貢献者へと成長することで、自分がどれほどの優しさ、愛の中で生かされているのかも見えてきます。
本当の意味でのサントーシャ(知足)だと思います。
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先生に自宅で採れた栗を送った際に、
「きれいな栗を選んで送ってくれたのですね。ありがとうございます。」
と御礼の言葉を頂いたことに感動したのを今でも覚えています。
小さなことですが、「きれいな栗が送られてくるのは当たり前」と思っていたら決して出てこない言葉だと思います。
背景を想ってくれていることが伝わり、嬉しかったのです。
自分がしたくてしていることに見返りを求めるべきではありませんが、
「時間がかかったでしょう」
「大変だったでしょう」
「(自分のために)わざわざありがとう」
という言葉を添えてくれる人は、自身も常日頃そのように他の人に貢献の態度で接している人だと思います。
自分にとって時間が貴重なように、相手にとっても貴重な時間ということがわかっている人です。
限られた時間は、限られた生命そのものです。
誰かの時間、生命を尊重し、感謝し、大切にできることが、自分の生命、時間を大切にすることに繋がるのだと思います。
今日も良い一日を🙏
namaste.