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【バガヴァッド・ギーター コラム #1】「戦場」とは「私たちの考え」

インドで最も重要な聖典とも言われる『バガヴァッド・ギーター』(叙事詩『マハーバーラタ』の一部)は、クルクシェートラという戦場が舞台の物語です。

そして主人公アルジュナはクシャットリヤ(王族、戦士)という身分で、それに対して神(イーシュワラ)の化身(アヴァターラ)であるクリシュナが「戦いなさい」と言うものだから、「神がそんなことを言うなんて、アヒムサー(傷つけないこと)というヨーガの教えに反しているのでは?」という疑問を持つのはもっともです。

これに対して、いくつかの説明の仕方があるのですが、今回はギーターの舞台である「戦場」は「私たちの考え」の比喩だというお話です。

戦場である「クルクシェートラ」という地名がそもそも、「√कृ kṛ クル 行い」「क्षेत्र kṣetra クシェートラ 場所」という意味にかけられており、「行いが起こる場所 → つまり私たちの考え(と体)」ということが仄めかされていると言われます。

私たち人間には自由意志が与えられていますが、実際には自由意志をそれほど自由には使えていません。

人それぞれ、幼少期からこれまでの人生での体験で形作られた、あるいは過去生が原因と言われる見方、感じ方の癖があり、また生まれ持った好き嫌いのセンス(ラーガ・ドヴェーシャ)もあります。

自由意志とは行いを選択する能力のことで、行いには「すべき行い(ダルマ)」「すべきでない行い(アダルマ)」「したい行い(ラーガ)」「したくない行い(ドヴェーシャ)」の四種類があります。

すべき行い(ダルマ)としたい行い(ラーガ)が、またすべきでない行い(アダルマ)としたくない行い(ドヴェーシャ)が一致していれば問題はなく、考えは平和です。

問題となるのは、過去の体験の記憶によって形作られた考えの癖によって、すべき行いがしたくない行いに、またすべきでない行いがしたい行いに思えてしまう時です。

そのような時、考えの中には葛藤があり、ダルマ、アダルマ、ラーガ、ドヴェーシャが入り乱れた戦場となります。

例えば、夜遅い時間に甘いものを食べるのはよくない(アダルマ)とわかりつつ、でも食べたい!(ラーガ)という葛藤がある時、考えはすでに戦場です(笑)

進学、就職、結婚のような人生の大きな選択から、夕飯のおかずは何にしようと言ったことまで、私たちは日々多くの選択をしています。

一説には、人間は一日に数万回もの選択をしていると言われ、その度に戦争をしていたら考えはクタクタになってしまい、より大切な選択を間違える可能性も高くなります。

そうならないために、「しっかりとダルマに留まりなさい(集中しなさい)。すべきことをしなさい」というのが、戦士であるアルジュナに「戦いなさい(あなたのすべきことをしなさい)」と言ったクリシュナの意図のひとつです。

選択基準が「ダルマ」に定まるほど、選択の余地や選択肢は少なくなっていきます。

「選択肢が少ないのは不自由なのでは?」と思うかもしれません。

確かに選ぶ楽しさもありますが、選択に費やす時間やエネルギーも大きいものです。

例えば、百種類のメニューがあるレストランで注文を選ぶのは、たまになら楽しいかもしれませんが、一日三食、365日となるとどうでしょうか。

「当店はベジミールス専門店!」であれば、選ぶ必要がなく、選択に費やす時間とエネルギーをより大切なことに使えます。

たくさんの選択肢から好きに選べることが自由という考え方もあれば、選択がダルマに沿って半ば自動的になることで、選択肢や選択の機会そのものが少なくなり、人生で本当に大切なことに時間とエネルギーを集中できることが自由という捉え方もあります。

そしてダルマ(すべきこと、義務)にコミットする生き方は、決して我慢や自己犠牲ではなく、貢献の喜びや自己尊厳を与えてくれるものです。


バガヴァッド・ギーターでクリシュナは、アルジュナに何度も「悲しむ必要はない」と語りかけます。

クリシュナは性格と体を持った個人として描かれていますが、イーシュワラのアヴァターラ(個人を装って現れた姿)です。

ですので、クリシュナが「私」という時、それはイーシュワラ、全体宇宙の秩序・法則を意味します。

「考えをいつも私(全体宇宙)に留めて、私(宇宙の法則)の求めるところ(ダルマ)に従って行いをするなら、決してあなたを悲しませることはない。だから結果を心配せず、すべきことをしなさい」

というのが、バガヴァッド・ギーターの教えの冒頭(さらには結論で再度)でアルジュナと私たちに教えられることです。

なぜそのように言うことができるのか、聖典の言葉を適切に扱うことのできる先生によって、ギーターの教えの中で明かされていきます。

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