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抑うつで絶ったままのコミュニケーション
里帰りしています
最近になってまた、実家に帰省をしました。
田舎はとても澄んだ空気で、見通しがよく、目まぐるしく開発が進む都会の喧騒とはまるで嘘のようです。
母は歳をとりそして父は病気で痩せ細り、兄も以前よりも性格が丸くなった気がします。
そういう自分自身も「うつ」の急性期を超え、回復期や慢性期に近づいてきたようにも感じており、数年前にここ(実家)に帰省した頃よりも回復してきたんだと変化を感じます。
友を想う
うつになってはじめに出来なくなったことといえば、人とのコミュニケーション。
症状が強くで始めたころには、連絡を取ることで相手が何を考えて、何を感じ、何を云うのか、それを考え出すと自分自身の心が怯え、恐く感じました。
次第に連絡を取ること自体に煩わしさを感じ、最終的には全く連絡をとりたいとも思えなくなりました。
子供の頃から遊んでいた友達だったのに。
あれからもう3年は経つのか。
何も言わずに連絡を絶ってしまった。
その友は現在、地元で立派に暮らしを築いていることは知っています。
現在はどんなことをしているだろうか。
楽しいこと、嬉しいことはあったのだろうか。
悩みや辛いことはないだろうか。
その資格があるのか
地元に帰るとふと湧いてきました。
「せっかく地元にいるのだから、話の一つでもできないだろうか。」
それだけ自分のこころが回復してきたと、自負できる一方。
理由を告げずに連絡を絶ってしまったばかりに、見放されてはいないだろうか。
自分自身の心の保身ばかりを考えてしまい、なかなか連絡する勇気が湧きません。
現在の予定では11月上旬には一度地元を離れることから、早く連絡を取らないと予定もつかないのではないかと、考える一方で、本当に連絡をして相手に会う資格はあるのだろうか?とも考えています。
まだ頭の中の整理がついていない状態ですが、数日中には結論を出したい。
自分自身の心の変化にも少し戸惑いながらも、少しの前進でも見せたいと思う、枯葉舞う秋の一日でした。
2023/10/21 追記; 続きはこちらで。