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*記事は1日ひとつだけ*といさんのゆる共同運営マガジン

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1日にひとつだけ、大切に書いた記事をアップする共同運営マガジンです。読んでくれただれかに「読んでよかった」と思ってもらえるような記事を書くことを目指す人のためのマガジン。参加を希…
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#インナーチャイルド

note2年目の自己紹介と、サイトマップ的なマガジンの紹介をします

こんにちは、といと申します。 初めましての方、ようこそいらっしゃいました。 といさん知ってるよーの方、いつもありがとうございます。 1.自己紹介 2024年7月27日にnote1周年を迎えたので、自己紹介を新しくすることにしました。 とはいえ、1年目の自己紹介で結構語ってますので、初めましての方はぜひこちらをお読みください。 お時間のない方は、下記だけ押さえておいていただければ大丈夫ですw ・中学校で国語を教えていて、今年は1年生の担任&学年主任 ・会社員、派遣社員を

アダルトチルドレンとインナーチャイルド

先日、 紅葉を見に行った時のこと。 外国人(おそらくタイ人)の女の子に、 写真を撮ってほしいと頼まれました。 その時に言われた一言。 「かわいい」 アラフォーの男をつかまえて、 かわいい・・・だと・・・? いくら何でも、 「かわいい」の守備範囲は 広すぎじゃないかと思いました。笑 共育LIBRARYへようこそおいでくださいました✨ 教育、人間、人生など、様々な「知恵」や「情報」が詰まった図書館のような、皆さんがくつろぎ、人生の「気付き」を得たり、知的好奇心を満た

価値が在るから

無価値というのは “価値が無い“ ということです もしも 『自分に価値が無い』 と感じていたならば、 自分を否定することは無く 自分を拒絶することもありません 自分に価値が在るからこそ 自己否定は行われ 自己拒絶は断行されるのです その否定と拒絶が大きい場合、 その大きさ以上に 自分には価値が在る ということです 自己否定や自己拒絶をしている時、 自分が核となって他者と出逢い 自分が核となって現象に出遭いますから、 全ての出逢いも全ての現象にも 否定と拒絶を

オレンジハート

〇時過ぎに島のbrotherから電話が☎️ 僕はその10分前に起きて 茶碗を洗い忘れていたことを思い出して 洗い終えたところでした🍚 出ると sister💃(brotherの彼女)の声。 brotherでは無いと氣付いたけれど 特に触れず、そのまま談話を☺️ 電話を映像モードに切り替えると brotherの姿が🕺 brother&sisterは あさげ(インスタント味噌汁)を 『旨い、旨い』 と飲んでいた。 それぞれ三杯目だと言う。 普段ちゃんとした味噌汁を飲ん

童心の歓びは幸せの呼び水

はじめて 自宅から多摩センター駅に向かった時に 遠くの建物がラブホテルに見えたのですね☺️ 後日 それがサンリオピューロランドだと知りました🤣 ラブホテルには まるでお城のような外観のものが 多く在りますよね🏰✨ そのことにより まぐわいに対するロマンチックさを演出しているというのが一般的な読み方だと思います。 僕が読むと 童心への誘い(いざない)として 遊園地のような外観をしている となります。 僕は常々 ➖インナーチャイルドこそスピリット➖ と主張しておりま

果てなき夢に生きて

何事にも恐れは在る それは生きているから。 生きていればこそ 常に死への恐れは在る。 生老病死も恐れ。 現象への恐れ。 現象に心身が苦悩する恐れ。 現状に、 或いは未來の現象に心身が苦痛に歪むことへの苦悩の恐れ。 生まれればこそ 生きていればこそ 生老病死は存在せしめる。 生老病死から派生して あらゆる恐れは命を宿す。 失敗への恐れ。 拒絶への恐れ。 貧困への恐れ。 自身の恐れが 他者への恐れとなる。 恐れを乗り越えられない自身を見下していれば 恐れの中に在る他者に自

少年たちの夏休み

水槽の中で泳ぐメダカさん達 大樹の皮を登り降りしているアリさん達 水槽の中の水さん アリを宿す大樹さん 水槽さん 大樹が根ざす土さん 取り巻く空氣さん それぞれ見た目に違いますが、 皆一様に歓んで生きているように僕には感じます😊 【それぞれの使命を全うしている】 それを今の僕が換言すれば・・・ 【自己満足している】 となります🤗 『樂しんだもん勝ち』 というのは 他者に勝つことではありません。 他者との比較の上で勝ち負けというのは決めきれないものです。 比較は参考

一つとしてある世界

先祖とは故人だけを指しません。 遠い祖先とは 遠い過去の自分のこと。 両親もまた先祖。 直近の先祖とは 直近の過去の自分のこと。 つまり 過去の自分は【全て先祖】。 20年前のインナーチャイルドは 今の僕の先祖。 10年前、5年前のインナーチャイルドも。 そして 3ヶ月前、1週間前の自分もインナーチャイルドで 今の僕の先祖。 一昨日、昨日の僕もインナーチャイルドという 今の僕に繋がる先祖。 先祖の存在があって 今の僕が在りますから。 先祖が懸命に生きて 命のバトンを今

ロス・チャイルド(失いし子供)が顔を出す時

インナーチャイルドの 【ひょっこりはん】 を2つ発見💡 僕はLINEのスタンプが好きだったんですね。 スタンプに限らず 動く絵文字とかもかなり好きで😍 幼少期から大好きだった アンパンマンとサザエさんはもちろん、 ドラえもんからディズニーからジブリまで 中々の品揃えでした。 40歳を超えてそんな感じの僕に 当時の職場の人から 【スタンプ王子】🤴✨ なんて呼ばれて。 僕はそれに氣を良くしておりましたが、 傍目にはイタかったのかなぁ、 と振り返るんです。 それで スタン

色々と再び

大きく傷付いていた 14歳からのインナーチャイルド。 【スピリット(魂)=インナーチャイルド】 の持論が自分の中で板についてきたようで、 僕の意識はアウター(現実の外身)の45歳を超えて やっぱり14歳の自分として日常を過ごしているのですね😊 実際に起きる外的現象には 吾(則天居私)は全く左右されない ということがリアルに理解できました。 ※則天居私=我(エゴ)が宇宙の意図と同じになること。夏目漱石の則天去私とは異なる僕の造語。 今起きている現象は 過去のインナーアース

三四郎池からの声援を受けて

二日間に渡る通し勤務が明けた今朝方、 赤門が僕を呼び出したので 急遽行って來ました。 今まで神社に呼ばれたことはありましたが、 學校に呼ばれたのははじめてでした。 生まれてはじめての赤門。 三越前駅から 初乗り運賃の180円で行けたことに驚き😳‼️ 東京大學も日本橋界隈だったのですね。 僕の中では初乗り運賃で行ける範囲は 全てマイホームとして認識しています😆 庭というより屋内の感覺です。 少し昔話をします。 僕が20歳の頃こと。 自身のPTSDを思って、

インナーアースはミラーボールとして回る

インナーアースの住人たちを認めた上で、 その方たちとどうしたいかを思えば、 団欒を築きたい、と思うのです。 そのことはそのまま アウターアース(現実世界の地球)の人たちに対しての僕の思いと同じなんですね。 “愛し愛される関係性“ という意味合いが 僕の用いる団欒という言葉にも もちろんあります。 ただ、 愛いう言葉を用いた場合には、 たとえば ネガティヴな感情も愛の一部のように、 犯罪や戦争のような いわゆる過ちをも包括して 愛として扱うことがありますので、 団欒という

インナーアースの住人たちと

インナーチャイルドと向き合う中で 最近、思うこととして、 《インナーチャイルドは一人とは限らない》 ということです。 アダルトチルドレンの問題から インナーチャイルドの存在と向き合うようになった僕は、傷付いている子供時代の自分自身を思い、その存在を独りであると思い込んでいました。 しかしながら、 独りのインナーチャイルドと向き合う中で そのインナーチャイルドが インナーベイビーになる時があり、 さらには このチャイルドとベイビーが 同時に内的世界で存在することがあったので

インナーチャイルド生活を送る

【自身の内面が現実を創り出している】 とするとならば、 【内面に自分がいる】 という事が大前提になりますね。 僕のケースになりますが 《内面に確かな自分がおりません》でした。 なので 精神面で疲れている時ですら 氣が付かないでそのまま過ごす という事が日常だったのです。 肉体的な疲れの場合は わりかし自分で氣がつき易いもので 僕でも休む事が可能だったのですが、 目に見えない内面の疲労の場合では 自分自身で疲労状態に氣が付かなければ ケアのしようがないのですね。 目には