後々気が付くんです
昨日は思ったより、帰る時間が遅くなってしまいました。
猫ちゃん1泊の小旅行だったらギリ大丈夫なのですが…
お出かけする前に、旅行用の鞄で「あいつ出かけるつもり!」と確認すると
途端にガッカリ&「私(猫ちゃん)かわいそう」顔をします。
どこかテレビか本で猫は表情ないです。という内容を目にしましたが
本当にしょぼん、です。
昨晩も存分に文句を垂れて、その後落ち着いたのかすやすや寝ていました。
なんのかんの言っても、いつもいるのはありがたかろう。と
ふかふかのお腹を撫でまわします。
そう、1年に一度家族で同じ温泉に行くのが恒例になっています。
おまけに今の時期。初冬、ですが向かう先の温泉は新潟。
日本海側の初冬、は本気の冬。生半可な気持ちではやられますので
ガチンコの冬装備です。
今の時期はカニさんが解禁。それが目当てなのです。
そんな初冬の新潟温泉旅行を満喫してきました。
所要時間、向かう道は慣れたもんです。どこのサービスエリア寄ろうかなぁという楽しみもあり、帰りに新潟の新米を購入するのがまた嬉しい。
大学で新潟に暮らして一番驚いたのは「ごはんがどこに行ってもうまい」こと。学食・ちょっとした食堂…ピカピカつやつやごはんが出てきます。
この時期は新米がさらにほっぺがボロボロもげるほどの威力。
というわけでたんまり新米を仕入れ購入して帰ります。
お泊りする宿のお部屋にはマッサージチェアなんかあって
温泉も広くてほっかほか。お料理もお腹いっぱい。おいしいなぁ。
寝る前にお風呂に入りながら、
なんだろう「この見て見ぬふりをしている感じ」と違和感がありながら
温泉に浸かっていました。
ふと、一緒に温泉につかっていた母が
「あのさ、毎年ここにきていたのは、○○(お宿の名前)に来ることが目的だった、ってわかっちゃった。」
・・・・そ、それかー!!!
お風呂に入りながら、お湯の中に目からうろこがバサバサ落ちる瞬間。
恒例の‟新潟温泉旅”は毎年同じ温泉。ちょっと標高が高くて結構寒い。
今年、一つ違う事があって
同じ温泉なのですが、宿泊する宿が違います。
なぜかというと、いつもお泊りしていた宿が営業をやめてしまったから。
以前noteに書かせていただきましたがこちら↓
急遽お宿をたたむことになってしまい、同じ温泉エリアの別の宿にしました。以前お世話になっていたお宿からそう離れていません。
今回のお宿の方が施設的にも広くて整っています。
お料理もおいしかったし。サービスも十分していただきました。
とてもよかったんですよ。
ただ「いつもお世話になっていた宿が目的だったよね」と思わせる何かが違ったのです。
やっぱり、人だよね。とぽそっと母が続けます。
ご夫婦お二人で回していたこじんまりとした宿でした。
ご主人は無口な感じではありますが、丁寧にこちらの質問にも答えてくださいます。そしてお料理の腕がすごい。素材の活かし方が秀逸。
奥様は朗らかにニコニコお話してくださいます。わざとらしい感じではなくなんだか「懐にすっと」入ってくるような温かさ。
お二人の絶妙なお人柄のバランスがとても心地よく、
今考えてみると「一年に一度会いに」行く+α(温泉とおいしい料理)
お二人が作り上げた「宿全体の空気感」を楽しみにしていたんだ。
いつも思うのですがこういうことって
二度ともういけないなど
もうなくなってしまった後に強く感じるものなんだとハッとします。
毎年「また来れたんだ」という喜びはあったんですけど
また来年がこない、とは思っていなかったわけです。
父が亡くなった直後に訪れた際
「うちもいつまでこの宿続けられるかわかりませんから」
とおっしゃっていましたけど、けど。
素敵な空間、って作り上げている人たちがあってのこと。
その空間がいいなと思う事って
施設のすばらしさ、もあると思いますが
もっと目に見えないもので作り上げられているものなんだ
そんな痛感ポイント。お風呂でしんみりする母と私。
見えないものはとても繊細。絶妙なバランスがあってこその良さに繋がっていくんですね。そしてすぐにできることじゃなく、長年培ったものプラスされていくもの。本当にありがたいことです。
今回のお宿も、長年培ったものがあるとは思いますが
初めましてで感じ取るのがこちら側も年月が必要なのかな。きっと
毎年「素敵空間」を作ってくれた、あの宿に改めて感謝を込めて。