火の玉の如く12(小説)
翌日、俺は喫茶店に向かった。ほのかさんに励まされ元気にはなったが、まだみんなの冷たい視線は気になる。
喫茶店のドアを開ける。あいかわらず大きな音でベルが鳴る。
「よう。上山くん。聞いてるよ、練習試合、M大に逆転負け」
ずけずけ言ってくれるぜ。マスターは。
俺は黙って座るとマスターが飾っているオッサンの写真を見た。
「なあ、マスター、秋山譲治って凄い選手だって言ってたけど、そんなに凄かったのか?」
マスターはいつものようにミルクティーを入れ、俺の前に置くと言った。
「凄い、凄い。あの人は本当にサムライだよ。一度、国内のクラブをクビになってね、海外に行く時は絶対に通用しないと言われていたけど、みんなを見返す選手になって帰ってきた。
その後、クリムゾンウォーリアーズに入ったけど、初めてのタイトルもあの人がもたらしたようなもんさ」
オッサンは一度クビになってたのか。よくそんな状態で海外に行ったなあ。俺はマスターの話に興味が出てきた。
「マスターは秋山譲治のファンだったな。もっと聞かせてくれよ」
俺がそういうとマスターは目を輝かせて話し始めた。
「秋山譲治はケガでクビになったんだよ。そのケガをものともしない強靭な精神力でケガを克服してね、あの人のスピードには誰も追いつけなかった。どんな困難も静かに克服して相手を秒殺する。それが秋山譲治だよ!」
マスターが興奮していう。なにやら凄いことは伝わったがよくわからない。
「マスターもっと具体的に頼むよ」
マスターは顔をさらに興奮させていう。
「秋山譲治は最初はスタリオンズにいたんだ。やっぱりいい選手でスタリオンズの優勝にいつも貢献していた。それから膝を怪我してね。スタリオンズをクビになった。誰もがもう引退と思ったら、ドイツのリーグに行った。そこでも大活躍、次にスペインさ。やはり大活躍。すべて優勝に貢献した。その後、クリムゾンウォーリアーズができて、日本に帰ってきた。クリムゾンウォーリアーズのオーナーに請われてね。そして弱小だったクリムゾンウォーリアーズを名門に育てた」
そうか、オッサンは相当な大選手みたいだな。マスターはさらに続ける。
「秋山譲治は日本では背番号は8番さ。ずっとね。海外では12番をつけたこともあるけど、やっぱり8番さ」
12番って俺が練習試合でつけた番号。たまたまだろう。マスターは顔を輝かせていう。
「秋山譲治はね。ただ名選手なだけじゃ無いんだよ。俺のような、ただのサポーターと家族のように接してくれてね。上山くん、ボクシングじゃあ有望だった上山くんがそのボクシングができなくなって、秋山さんと出会った。何か強い絆のようなものを俺は感じるよ」
オッサンと絆?確かにボクシングができなくなった時、俺はヤケになった。オッサンと出会ってなかったらどうなっていたかわからない。
オッサンは確かに只者じゃない。しかし、ボクサーだった俺が簡単にサッカーができるはずもない。
「上山くんがボクシングできなくなった時、俺は思った。上山くんにはサッカーの資質がある。秋山さんなら一流、いや超一流に育てるとね」
マスターの言葉に俺はなにやら照れ臭いものを感じた。昨日はほのかさんに励まされ、今日はマスターが俺を励まそうとしているんだ。
俺はミルクティーの残りを飲み干した。
「マスター、ありがとう。俺、これから走りに行きます。課題にしてることも練習したいし」
俺がそういうとマスターはうなずいて笑った。
「上山くん、期待してるよ。俺は上山くんの一番のサポーターだ」
マスターがそういう。『一番のサポーター』昨日のほのかさんと同じセリフだ。俺は手を振って、大きな音がするベルをさらに大きく鳴らして外に出た。ここまでされちゃ燃えない訳ない。
俺はそのまま走り出し自主練に向かった。
待ってろよ!リーグ戦。必ず俺はどんな形でも試合に出てやる!
俺はほのかさんとマスターのぬくもりを胸に闘志を燃やした。