次章・ワイヤレスイヤホン実装までの軌跡。
さてさて、答え合わせのお時間です。
前回の口ぶりから、皆様どんな結末を思い浮かべましたでしょうか。ゼンハイザーか。ビクターか。あるいは明言していなかったサードパーティへまさかの鞍替えか。そもそも興味ねえわ、そういう姿勢もなかなかに悪くない。とはいえ結論から申し上げますと、主宰がニューギアとして迎え入れたのは後者のビクターでした。ニッパー君を耳元に据える運びとなりまして。
決定打となったのは二点。まずは圧倒的音質、前回軽く触れましたがしかし同価格帯をざっと見してもこの音場このレンジ感に太刀打ちできる完全ワイヤレス機は存在しませんでした。いくらサードパーティが束になってかかっても相手にならない程の仕上がり。もう一つはやはりデザイン性、イヤホンが欲しいというよりむしろ耳元にニッパー君を着飾りたい。これに尽きる。
eイヤホンのレジまで運び届け、華麗に延長保証手続きを済ます。Wi-Fi環境を求めヨドバシ梅田まで流れ着くと、早速スマホとのペアリングに取り掛かる。しかしここで思わぬトラブル発生、片方しか音が鳴らない。慌てて反対側をペアリングすると今度はこちら側からモノラル再生。片側出力でもわかる明らかな高品質、しかし目下のテーマは左右同時出力。これは困った。
万策尽きて、次なる一手「出荷状態に戻す」。
怖い。字面怖過ぎ。さっき買ったばかりなのにもうリセットを迫られてる。もしこれで失敗したら、つまりは初期不良品をツモったと断定してよろしいか。ドリームキャスト初期ロット不良の忌まわしい記憶が蘇る。とはいえ公式サイトの指示通り、両側センサーが二度点滅するまで15秒長押し。するとどうでしょう、店頭で高らかに響いたあのサウンドが耳元でこだました。
良かった壊れてない。すぐさまオーディオ沼民の恒例行事、エージング作業へと移行。この辺りは諸説ありますが主宰独自の立場としては2ステップ、①音響マニア界隈一般に「名盤」と呼ばれているサウンドを試しに鳴らしてみた後で②貴方が今、いの一番に聞きたいサウンドをひたすら鳴らし続けよ。これです。ぶっちゃけ①はスルーしちゃっても大丈夫かもわからない。
おそらくは通過儀礼的なものに過ぎません。そもそもエージングに成功も失敗もなく、例えば買ったばかりの革財布が、野球のグローブが徐々に手に馴染んでいく様を楽しむあのカタルシスと同じです。やっぱ高い買い物すると全然感動が違うなあ、どこまでも主観的でメタ的な悦に浸れる至極の時間。体が慣れてしまうまでの間、しばらくは酔いしれましょうよこの美酒に。
耳が慣れてきたら、本格的なサウンドチェックへ。
とはいえ自称・百戦錬磨の主宰にも確かな評価軸があって。
リファレンス音源、つまり当該曲をどんな音場・レンジ感で鳴らしてくれる代物なのかを見定めるいわば試金石的存在があり。例えばそれはDonald Fagen『The Nightfly』であったり、星野源『Yellow Dancer』であったり、Jeremy Pelt『Men Of Honor』であったりする訳です。せっかくの機会ですのでこれら三種の神器について具体的に言及してみましょうか。
そもそも決まったアルバムを鳴らす意図はシンプルに「評価軸を固定する」こと。音作りも価格帯もバラバラな商品群の中から愛機を選び取る訳ですから、ある程度ターゲットを絞った上で選定作業に入らないとここぞの場面でブレブレになってしまう。評価基準は人それぞれあって然るべきだと思います。低音の強さなのか、高域の伸びなのか、トータルバランスなのか。
主宰は自他共に認める雑食ですので、必然的に無難に卒なく鳴らしてくれるモニターライクな音色を好む傾向が強い。ロック好きに低音不足な機種は薦められませんし、アナログ志向の強い方にデジタルが映える機種は薦められない。そう言われてみるとなるほど、小難しい話ではないのだとご理解頂けるはずです。この辺りは好みに合わせて。
以下、事例に当てはめて詳しく解説。
元来、主宰の評価軸として根強いのは生楽器と電子音とのバランス感。両者がいかに溶け合えるか、あるいは徹底的に反発し続けるのかという点が非常に大きなウェイトを占めている。先程挙げたアルバムのうち前者2枚はそうした基準でセレクトされた作品群であると言えます。アナログとデジタルが同居する中で、一体どこに着地点を見出したのか。その真意を探るべく。
Donald Fagen『The Nighrfly』は、主宰の主戦楽器であるドラム的観点で見ても特筆すべき音像を持ったアルバムです。生ドラムをサンプリングしパッド的に並べるという手法は今でこそ業界のセオリーになりましたが、リリース当時はかなりの衝撃をもって受け止められたはずです。人的であり非人的。リード曲「I.G.Y.」は令和3年でもなお新鮮な輝きを放つ逸作。
『Yellow Dancer』もアナログとデジタルが絶妙なグラデーションを生んだ歴史的一枚。とりわけ主宰がリファレンス楽曲として多用する「Weekend」。生楽器と電子楽曲の割合は丁度五分といった様相で、かつ主宰が全幅の信頼を寄せるエンジニア・渡辺省二郎氏のミックス。定位感、レンジ感共に近年これ以上の作品はなかなかない。そのぐらいに圧倒的。
例えばアナログ/デジタルを聞き分けたい場合。
『Men Of Honor』を選ぶ理由は後年のRudy Van Gelder作品であるという点。マスタリングといえばSterling Studio、ジャズといえばRudyといったような盤石の布陣。1曲目の「Backroad」を定位感の指標としながら、Gerald Cleaverの金物類やタイコ類の質感等をチェック。ざっくりそんなイメージ。何も決まり切った方法論がある訳じゃありません。お好みと主観でGOです。
せっかくのTWS初号機ですから、主宰が人生で最も聞いたアルバムを今回特別版としてリファレンス音源に選出してみました。まずUnderworld『A Hundred Days Off』。中学ビッグバンド時代脇目も振らず夢中で聞いた。ダンスミュージックながら民族楽器を中心に構成される世界観は、どこかアナログ的でエスニック。オープニングナンバー「Mo Move」をチョイス。
そしてMassive Attack『100th Window』。これですこれ、これに出会ったおかげで主宰の人生は完全に狂いました。本当に、良くも悪くもです。思春期、学年クラスのいざこざ、受験期、家族からの風当たり、理由なき焦燥感。全部が映像となってフラッシュバックされるアルバムから今回は「What Your Soul Sings」を。冒頭のサウンドに期待。過去をもアプデするために。
エージング所感。
特に印象的に映ったのは最後の2枚。なにせ人生最も聞き込んだサウンドですから、全く新しい音像で飛び込んで来ようものなら問答無用で記事にしたためる他ない訳で。これ、本当に驚きましたよ。また新しく音のメカニズムを解明できた部分が大きかった、手垢の付いた楽曲群にも新鮮な輝きを与えてくれる完全ワイヤレスイヤホンの誕生をこの耳でしかと聞き分けた。
「Mo Move」元来、定位感というものは音を縦軸で捉える概念なのだという勝手な思い込みがありました。しかし本機は一味違います。横軸で感じ取れる上下の定位感の存在。正直、これは世紀の発見でした。シンセベースと上モノリズムトラックの間を正面切って突き抜けてくる甘美で切なげなKarl Hydeの歌声。ソーシャルディスタンスならぬ絶妙な音のパーティション。
「What Your Soul Sings」ラグビーに例えれば、絶え間ない音のハンマーオフェンス。矢継ぎ早に放たれる音の塊、しかしそれが先の尖った音色なのか丸みを帯びた音色なのか、そうした質感の違いがはっきりと聞き分けられる。細部まで音のトリートメント処理が貫かれている、何よりの証左です。前述の冒頭サウンドに思わず唸り、そして店員にすごーく変な顔をされた。
神は細部に宿る、さするに終章のテーマは。
結び。ビクター製品ですから、問答無用で標準装備されている不朽の名作・スパイラルドット。この凄まじい音の鍵を握っているのは意外にも、イヤーピースなのかもしれない。我々は真相を突き止めるべく、ジャングルの奥地へと足を踏み入れた。突如何の前触れもなく藤岡弘、探検隊の世界観を纏いつつ物語は完結編へとひた走ります。