マガジンのカバー画像

透明なシェイクスピア 本文編(1)『ハムレット』

9
私が翻訳したシェイクスピア作品の抜粋を載せていきます。全体像をクリアにつかむのに役立つはずです。まずは『ハムレット』から。 (付記)紙の本、神保町の共同書店PASSAGE(パサ…
運営しているクリエイター

#透明なシェイクスピア

透明なシェイクスピア 本文編 まえがき

私が訳したシェイクスピア作品の抜粋を載せていきます。 全体像をクリアにつかむのに役立つはずです。 めざすは 「口に出してみたくなる台詞」です。 翻訳は、原文の意味の「説明」であってはいけない、と思っています。 まして戯曲は、それを口に出して言わされる人たち(役者)がいて、 それを聞かされる人たち(観客)がいる。 翻訳者がどんなに工夫したかを、 披露する場所にしてはいけないと思うのです。 あともう一つ、 シェイクスピアの上演はたいてい、どこかカットしています。 それでね

『ハムレット』 第一幕第二場

国王 わが兄ハムレット王の死はいまだ記憶に新しく、  むろん、われらみな哀悼をささげ、国がひとつとなって  憂いに沈むべきではあるのだが、  わたしの胸では思慮分別が、身内の情とせめぎあってきた、  嘆くばかりが能ではない、遺された者の自覚をもって  兄のことを思うのが、つとめというものであろう。  まさにそれゆえに、一度は姉であったわが妃、  この武勇の国をともに継ぐべき女性を、  わたしはいわば、うちのめされた喜びをもって、  すなわち、片目には笑みを、片目には涙をたたえ

『ハムレット』第一幕第五場

ハムレット どこまで連れていく気だ? 言え。もう動くものか。 亡霊 聞くがよい。 ハムレット   聞こう。 亡霊         じきに刻限が来る、  戻らねばならぬ、燃えさかる硫黄の炎に  この身を焼かれに。 ハムレット    なんと、哀れな。 亡霊 憐れみは無用。ただ、いまから語ることを  心して聞くがよい。 ハムレット 聞くとも。話してくれ。 亡霊 聞いたあかつきには、復讐が待っているぞ。 ハムレット なんだと? 亡霊 わたしはおまえの父の霊だ、[…]  聞け、聞け、あ

『ハムレット』第三幕第一場

国王 ガートルード、そなたも席をはずしてくれ。  じつはひそかにハムレットを呼んである、  来れば偶然、ここでオフィーリアに出会う、  という手はずだ。  これの父親とわたしは正義の密偵、  ものかげにひそみ、見られずに見まもる、  ふたりの様子を、くもりなき眼で。  そうして、あれのふるまいから、  このところの苦しみようがはたして恋ゆえのものか  見さだめたいと思うのだ。 王妃          仰せのとおりに。  オフィーリア、頼みますよ、どうぞおまえの美しさが  ハム

『ハムレット』第三幕第三場

国王 わが罪のおぞましきこと、天にも臭うわ。  アベルを殺したカインと同じ大罪ではないか、  兄弟を手にかけた。祈れない――  祈りたい、祈ろうと、どれほど願っても、  その思いより罪のほうが深すぎる。  板ばさみとはこのことだ、  はじめの一歩さえ踏み出せず、  立ちすくむのみだ。このけがれた手に  べっとりと兄の血がついていたらどうなのだ、  雪ほど白く洗いきよめてくれる恵みの雨は  天にないのか? 罪というものに  立ち向かってくれないなら、神の慈悲は何のためにある、

『ハムレット』第三幕第四場~第四幕第一場

ポローニアス 殿下がこちらへ。はっきりとお話しなさい、  おふざけもいいかげんになさいと、  国王陛下もたいそうなお腹立ちです、がまんにも  限度がありますよと。わたくしはここで静かにしております。  ちゃんとお叱りになるのですよ。 王妃             そうします、かならず。  隠れて。あの子が来るわ。  (ポローニアスは壁掛けの後ろに隠れる。ハムレット登場。) ハムレット 何でしょう、母上? 王妃 ハムレット、いけませんよ、お父さまにあんなことをして。 ハムレット

『ハムレット』第四幕第五場

 (奥で騒ぐ声。) 王妃 なんの騒ぎ? 国王 護衛の者らはどこだ、戸口を固めろと言え。  (使者登場。)何ごとだ? 使者           陛下、お逃げください。  荒れくるう海原がその縁を越えて  平野に食らいつくよりも激しい勢いで、  レアティーズの青二才が、暴徒を率いて  ご家来衆をなぎ倒しております。馬鹿どもは  きゃつを主とあがめ、いざ一新のときよ、  しきたりもならわしもあるものかと  人の世の礎を打ち棄てて、  「選ぼう、レアティーズを王に」と叫んでおります、

『ハムレット』第五幕第一場

ハムレット 誰の墓を掘っている。男か? 墓掘り 野郎じゃねえ。 ハムレット 女か。 墓掘り 女でもねえ。 ハムレット 何者だ、入るのは。 墓掘り かつて女だったところのものってやつでね、これが気の毒に、おだぶつだ。 ハムレット (ホレーシオに)やるな、こいつ![…](墓掘りに)墓を掘って何年になる? 墓掘り 忘れもしねえ、先の王さまのハムレットさまが、ノルウェーのフォーティンブラスのおやじをやっつけた日からだよ。 ハムレット それから何年かな? 墓掘り 知らねえのかね、阿呆で

『ハムレット』第五幕第二場

国王 (レアティーズの手を取り)さあ、ハムレット、こちらへ来てこの手を取るがよい。(ハムレットとレアティーズを握手させる) ハムレット 許してくれたまえ、レアティーズ、悪かった。  どうか紳士らしく許してほしい。  ここにいる皆もきみも知ってのとおり、  おれは近ごろはなはだしい錯乱に悩まされている。  おれのしたことが  きみの心と名誉を傷つけ、いたく怒らせてしまった、  あれは狂気のなせるわざだったと言わせてくれたまえ。  ハムレットがレアティーズを傷つけたのではないのだ