映画日誌’24-41:パリのちいさなオーケストラ
trailer:
introduction:
世界的指揮者チェリビダッケに師事し、自らオーケストラを立ち上げたザイア・ジウアニの実話を基に描いたヒューマンドラマ。監督・脚本は、『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』の監督マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール。『涙の塩』のウーヤラ・アマムラが主演を務め、『きみへの距離、1万キロ』のリナ・エル・アラビ、『真夜中のピアニスト』のニエル・アレストリュプらが共演する。主要キャスト以外は現役の音楽家を抜擢し、数々のクラシック名曲が実際に演奏されている。(2022年 フランス)
story:
パリ近郊の音楽院でヴィオラを学んできたザイアは、パリ市内の名門音楽院に最終学年で編入を認められて指揮者を目指すようになる。しかし女性が指揮者になる道は険しく、同じクラスには指揮者を目指すエリートのランベールがいた。超高級楽器を持つ名家の生徒たちに囲まれ、貧しい移民の田舎者と野次られながら、指揮の練習の授業では真面目に演奏してもらえず練習にならない。しかしそんなある日、特別授業に来た世界的指揮者セルジュ・チェリビダッケに気に入られたザイアは、その指導を受けることになり、道がわずかにひらき始める。
review:
パリの名門リセ・ラシーヌ音楽院に最終学年で編入を認められ、そもそも狭き門である「指揮者」のうち世界でわずか6%しかいない女性指揮者を目指し、自らオーケストラを立ち上げたアルジェリア移民の少女の実話である。少女の名はザイア・ジウアニ。彼女が2024年のパリ・オリンピックの聖火ランナーを務め、さらに閉会式では大会初の女性指揮者としてザイア・ジウアニ指揮、ディヴェルティメント・オーケストラによるフランス国歌 “ラ・マルセイエーズ” が演奏されたことは記憶に新しい。
このオーケストラは、1998年にザイア・ジウアニと妹フェットゥマが、パリとセーヌ・サン・ドニの音楽院の学生や指導者と一緒に設立。しかしそれまでの道のりは決して平坦ではなく、作中で描かれる人種差別や性差別、社会的階級への蔑視など、パリの名門音楽院で姉妹が直面した数々の仕打ちに心が痛む。これらの描写に誇張はなく、何なら少々控えめにしてあるとのことで驚くばかりである。それでもなお、ひたむきな努力を続け、葛藤や苦悩を抱えながらも、音楽の力で困難を乗り越えていく姿が映し出される。
恥ずかしながら、ルーマニア出身の”幻のマエストロ”、チェリビダッケを初めて知ったのだが、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団などの首席指揮者を務めた世界的巨匠である。そんな人物に才能を見出されるほどなので、よほど光るものがあったのだろう。そしてチェリビダッケから直接指導を受けられるようになったことで、ザイアの音楽人生に希望の灯が点される。チェリビダッケがザイアに注ぐ愛情の、さりげない描写が素敵だ。
全体を通して少し言葉足らずな脚本だが、それがいい。語りすぎない代わりに、ひとつひとつの緻密な描写が心に強く訴えてくる。ザイアとフェットゥマが立ち上げたちいさな楽団のメンバーが顔を合わせ、チューニングの「ラ」の音がひとつになっていくさまは、出自や階級をを超えてオーケストラの心が通い合った瞬間に立ち会ったようで胸が震えた。そして紆余曲折があり、こんなに泣かされるボレロは後にも先にもないだろう。家族愛と美しい音楽に彩られた、素晴らしい映画体験だった。