職場の人間関係をどうするか
①
職場の人間関係で悩んだことがないひとはおそらくいないのではないか。
私も人間関係の悩みが尽きたことはない。
「職場の人間関係を良好なものにするためにどうしたらいいか」という非常に大きく難しいテーマで、私は次の2点をポイントとしたい。
・入職後3年以内の離職率
福祉業界の離職率は他産業と比較したとき決して高すぎるわけではない。しかし、入職後3年以内の離職率が非常に高い。
この3年以内という特徴をどう分析し捉えるかという研究者的な観点よりも、せっかく入職してくれた新入職員にどうしたら定着してもらえるか、現場の実践者としてそこに知恵を絞りたい。
・ESからCSへ
離職率が下がればいいというわけではない。なぜなら、人間関係にストレスを感じながら働いていれば、それは自然と表情に出て、ケアの質が落ちるからだ。従業員満足度(Employee Satisfaction)が向上した結果として顧客満足度(Customer Satisfaction)が上がるという相関性が重要だ。
介護労働実態調査を見てみる。介護職の離職理由に関する調査で、やはりトップは人間関係。2位以下は結婚出産育児といったライフステージによる事情、組織の運営や理念への不満、将来の見通しが立たないこと、他にいい職場があったこと、と続く。
私が障害者支援施設で6年間勤務していたころ、職員数はざっと70~80名くらいだったが、入職時いた職員は9割以上離職した。そしてほぼ全員人間関係が理由だった。
しかし上司との面談などで、離職理由は人間関係ですなどと、なかなか正直に話せない。まして上司に問題があるならなおさらだ。アンケート調査でも、正直に人間関係の悩みをかける人は多くない。そのため離職理由でライフステージや体調を挙げるケースでも、多くの場合人間関係の問題がはらんでいる。
人間関係の問題でやっかいなのは、離職理由としてトップかつサービスの質に非常に大きな影響を与えるにも関わらず、繊細な問題であるがゆえに顕在化しにくいことと、解決の定義付けが難しいこと、そして「人間関係は永遠の課題」的な仕方ない・あきらめムードが蔓延していることがあるのではないか。
人間関係の問題のアンケート調査を分析して対策を講じて、ということや、離職率を何パーセント下げる、といったことだけでなく、現状より人間関係の問題を改善し従業員満足度を1ミリでも向上するために、主に新入職員に焦点を当てて、あしたから実行できることはなにか、という現実的な話がしたい。
②
・私が新入職員だった頃を思い出してみた。人間関係のストレスで大きかったのは、
上司たちの意見が違い雰囲気が悪い。
先輩が自分のやり方を押し付けてくる。
同僚のケアが雑でモチベーションが下がる。
このあたりだった。
ある社会福祉法人が職員に対して行った調査によると
上司の態度が冷たい。
誰もフォローしてくれない。
自分勝手な同僚がむかつく・・・などなど
新入職員のうちはまだ後輩はいないはずなので、当然先輩や上司といった目上の人へのストレスが中心になる。
私も当時いろんな人に愚痴を聞いてもらいガス抜きをしながらなんとかやっていた。それが多くの人がやっているストレスコーピングであり、処世術なのかもしれない。
それができる人はいいかもしれないが、できない人もいる。じゃあ、できない人は仕事を辞めるしかないのか。そんなことがあっていいはずはない。なぜなら、これは私の感覚だが、ストレスコーピングが苦手な人ほど、利用者に対して優しく、丁寧なケアができる人だったりするように思うのだ。
私は4年目からグループホームのサービス管理責任者になった。上記の問題意識の中でやったことは、「マニュアルを作りまくること」。これだった。
対人援助とは、介助一つとっても、ひとりひとり皆やり方は異なるし、その日の状態によっても臨機応変に行わなければならない。だから、マニュアル化ができない。という話をよく聞く。マニュアルという言葉に、どこか管理的なニュアンスを感じ、アレルギー反応を起こす福祉職員も多い。私も新入職員のころそう思っていた。
しかしリーダーになり、ケアの質向上を考える時、必然的にそれは新入職員がいかに安心して業務に当たれる環境が作れるか、といった観点に行きつく。その時に、業務の基準がないという環境がどれだけ新入職員にとって不安で戸惑いを与えるものか。また、基準がないのに指摘をしてくる先輩は、新入職員にとって何の教育的効果もなく、ただストレスにしかなりえないということを、まずは認識する必要があるのではないか。
マニュアルとは、決してケアを画一的なものにするものではなく、どんな人でも、またどんな状況でも最低限押さえる必要がある基準を明確にするためのものだと考えている。その基準さえ押さえてくれれば、あとは自分のやり方を存分に発揮して良い、ということになる。
基準ができていなければ指導するが、できていれば注意を受けるようなことはないということ。
どんな性格、能力の新入職員がやってきても、まずは絶対守らなければならない基準を会得してもらい、そして安心してのびのび自分なりのケアが追求できる「仕組み」が必要だ。
・東京・町田市を中心に特別養護老人ホーム等を運営する社会福祉法人合掌苑の取り組みを参考にさせていただく。合掌苑といえば、離職率がとても低く、取材や見学が絶えない業界では非常に有名な法人である。
法人理事長の森一成氏著「介護経営イノベーション」(総合法令出版)を拝読した。
そこにも、「職員の不満は待遇と人間関係に集約される」とあった。
どこでも状況は似ていて、どれだけこの問題と真剣に向き合っているかが、優秀な人材に選ばれる組織になれるかどうかの指標だろう。
合掌苑では、理事長自ら月に70回ほど職員と面談を行い、コミュニケーションの場を確保しているそうだ。コミュニケーション不足が起きない「仕組み」があるということだ。
また、コーチングに力を入れ、職員の自己実現を応援する仕組みもあるという。
私が新入職員の頃、先輩に言われて嬉しかったことがある。
「業務も大事だけど、あなたの将来が一番大事なんだから、自分にプラスになる選択をしなさい」
替えの効く労働力としてではなく、自分の将来、自己実現を願ってくれている先輩の存在が、当時一番うれしかった。
確かに、福祉業界は典型的な売り手市場であり、求人はいくらでもある。給料がよっぽど恵まれたりしていない限り、一つの組織で我慢して働き続けるメリットがない。むしろ、経験の幅が狭まり、スキルアップのために転職が望まれる場合も多い。
そりゃ長く働いてほしいけど、あなたの自己実現のためには、外の世界(転職)を経験したほうがいいかもしれない、と言ってくれる先輩の優しさは、忘れることができない。
これから人材獲得競争は人口減少によりますます厳しくなっていく。
そのとき、例えば学生にとって、魅力的な組織に変革できていない福祉法人はこれからますます淘汰されていくだろう。
③
福祉を選んでくれる人は、優しい人が多い。そんな心優しい人が、職場内の受ける必要のないストレスにさらされ、組織に大事にされた経験のないまま月日が経ち、表情が強張っていく。あるあるではないだろうか。
職員にすら優しく出来ない組織が、利用者にいい支援を提供できるはずがない。
ケア会議などまずは中断して、職員ひとりひとりが生き生き働ける職場環境をつくるためにどうしたらいいか。合掌苑に限らず、従業員満足度を向上させる魅力的な取り組みは、調べればいくらでも事例が見つかる時代になっている。話し合うことは、明日からすぐにできること。
職場の人間関係の問題は、最優先に解決を目指すべき問題。今の私はこんなふうに思っている。