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【短編小説】神様の推薦図書

電車を降りて歩いていたわたしは、小学校の正門から出てくる何組もの親子連れとすれ違った。

すれ違う親の手には、大きめの箱が入った紙袋がもれなく一つずつ提げられている。

そうか、今日は入学式だったんだ。

小学校に入学した日、子供達は全員、学校でひとつずつ箱をもらう。

自分専用の本箱だ。

三段カラーボックスの一段分くらいの大きさで、縦向きに置けばB4サイズの本が入るし、横向きに置けばB5サイズの本がたくさん入る。

その本箱は最初は空っぽの状態で学校から配られるが、気がつくと知らないうちに本が入っている。今その人に必要であろう本や、その人が欲している本が入っているのだ。

本箱には入る量が限られているので、その人にとって不要になった本は、いつの間にか消えてなくなっている。

本達がどこからやって来てどこへ帰るのか、今はまだ解明されていない。

そのため人々は、この本箱の本は神様の推薦図書として大事に扱っている。神様のお導きととらえて、そこに入る本を道標とし、人生の方向を決める人もいる。


わたしは今日、一人暮らしをしている街から、久々に実家に帰ってきた。

仕事が非常に忙しく休日も少ないため、隣の県に住んでいるのに両親に会うのは三年ぶりだった。

ふたりとも「ゆっくりしていきなさい」「いつでも帰ってきていいんだよ」と言いながら、温かいごはんを茶碗いっぱいに盛りつけてくれた。

普段、忙しさで自炊する時間もとれないわたしは、久々の手作りごはんに食欲も旺盛になり、おかわりまでしてしまった。

食べながら会社勤めの辛さなどをひとしきり両親に話して、お風呂に入り床についた。

深夜、眠れないわたしは水を飲もうと思い、二階から一階の台所へ降りてきた。

コップに水を入れ、飲むために頭をうしろに傾けた時、目線の先の神棚の左右に、扉のついた箱が打ち付けられていることに気がついた。

以前実家で暮らしていた頃はなかったものだ。

なにかと思い扉を開けてみると、それは使いこまれた両親の本箱だった。
神棚の向かって左側に父の箱、右側に母の箱が、壁に釘で打ち付けてある。本箱には元々扉はついていないが、両親はおしゃれにカスタマイズしたようだ。

プライベートなものなので、人の本箱を覗くことはマナー違反ではあったが、わたしは好奇心からそこに並ぶ本を見始めた。

母の本箱には、最近ガラケーを卒業してスマートフォンを持ち始めたからか、iPhoneの使い方についての本がたくさん入っていた。

そういえばLINEも始めて「スタンプを送ることが楽しい」と言っていたので、『感動を呼ぶ!LINEスタンプの使い方』なんて本もある。母はスタンプで人を感動させようとしているのか。選書がちょっと面白い。

父の本箱には、最近買った新車についての本や、営業職でバリバリ働いているからか、『誰からも好かれる営業の仕方』『会社でバリバリ働くための本』などが並んでいる。

神様の推薦図書に笑わされたり納得させられたりしていたわたしだったが、数冊、全く同じ本がふたりの箱に入っていることに気がついた。

『一人暮らしをする娘へかけたい一言』

『5分で作れるあったかごはん』

『ストレス撃退法』

『鬱からの脱出』

毎日仕事に追われ、早朝に出社しても帰宅は終電を逃すくらい遅く、私生活が全くなくなっていたわたしは、一ヶ月前に鬱病であると診断された。

それでも会社を辞めたくなかったわたしは、一旦休職して療養することになった。その休職期間を利用して、今回久々に実家に帰省したのだ。

そういえば、わたしの本箱には父と同じ『会社でバリバリ働くための本』が入っているが、父の本と比べるとわたしのは十倍くらいの厚さだった気がする。バリバリ働くのが、おそらく度を越してしまったのだ。

両親は心配していたのだろう。
推薦図書を見ればよく分かる。
とにかく娘には美味しいごはんを食べて元気でいてもらいたいのだ。

 

翌日、わたしは電車に乗り一人暮らしの部屋へ戻ってきた。

真っ先に自分の本箱を見にいく。

幅をとっていた『会社でバリバリ働くための本』は今は消えてなくなっており、代わりに『鬱からの脱出』や『本当に心が休まる100の方法』といった本が本箱を占めていた。

けれどその中でいちばん幅をとっていたのは、『実家で暮らす両親に伝えたい感謝のひとこと』という本だった。

 

わたしは決めた。

まずは病気を克服し、転職してまたバリバリ働こう。
せめて一年に一回は両親の顔を見に行くことができる職場を探そう。

その瞬間、うすっぺらだったが『会社でバリバリ働くための本』が本箱に現れた。

「こりないなぁ、自分」

わたしはつぶやきながら、そっと笑った。

 

(了)


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