就職したくない!!就活生の苦悩の行く末は?
「あーあった、あった!あそこ!」
お姉ちゃんが、指が指さす方を見た。 そこは一軒のカフェ。
噂によると、ここのカフェのおばさんが悩みを聞いてくれて、しあわせになるアドバイスをくれるらしい。
今日はお姉ちゃんが仕事休みなので、むりやり連れてこられたのだ。
お姉ちゃんは私のためにここに来たのだ。
少しでも私の人生が良くなるようにと。
でも、お姉ちゃんには悪いが本当に迷惑な話だ。
しかし日頃からお姉ちゃんには世話になってるから仕方ない。お姉ちゃんの気がすむならと来てあげた。だってカフェに来たぐらいで私のこの人生が変わるわけがない。それはこの私が一番よく知っている。
私は何をやっても、ほんとうに可哀そうなくらいダメドジ人間なのだ。そんな私の手となり足となって、あれやこれやと助けてくれるのがお姉ちゃんなのだ。そのお姉ちゃんに言われたら来ないわけにはいかない。
大学は、推薦入学でなんとか入学出来たがついていくのに四苦八苦。
大学生といえばバイトだ。何故みんなは、あんなにすんなりバイトの仕事をこなせるのだろう?
最初に雇われたところは、ハンバーガーショップ。
カウンターでの接客、、、笑顔は凍りつき、注文も聞き取れない、声が小さい、釣銭を間違える、もたもたしている、お客に怒鳴られる。
というわけで、バックの厨房に入ったが仕事が遅く、忙しいときはかえって邪魔になり周囲の冷たい目に耐えられずに辞めた。
二つ目の定食屋さんでも、善人の塊という噂のご主人にさえ嫌味を言われて辞めたんだった。
だったら、ボランティアならお金が発生しないからと頑張ってみたが、そこの人たちの私に対する態度がひどかった。
ボランティアしているくらいだから、いい人ばかりかなと期待したのがいけなかった。
そのせいで、対人恐怖に陥っている。
なので…、
言われることは、もうわかっている。
今までさんざん言われてきたから。
努力が足りない。
出来ないなら、ひとの10倍努力しなさい。
もっと周りを見て気を使え。
常にひとの行動を見て、想像力を働かせて先を読みなさい。
考えたらわかるだろう。
子供じゃないんだから、臨機応変に行動しなさい。
もう聞きあきるくらい聞いている。
そんなことわかっている。でも出来ないもんは出来ないんだよ。
もうすぐ、就活が始まる。
家族は、みんな心配しているのだ。
私に会社勤めができるのだろうかと。
でも、一番心配しているのは自分だ。
お茶くみとかコピーとか、それだけならなんとかいけるかもしれないけれど、今どきそんな単純な仕事はない。
パソコンも自信ないし、営業なんて絶対に無理だし、企画開発とか発想力もないし、絶対に無理!!無理!!
カフェの扉を開ける。
コーヒーのいい香りが漂い、木のぬくもり。
いい感じ…。
何とも言えない不思議な空間、、、癒される。
「いらっしゃい」 優しそうなおばさんが出迎えてくれた。
「さあさ、中に入って寛いでいってね」
窓際の席に着いた。なんだか懐かしい気持ちになるのは何故だろう?
メニューを見ると、私の大好きなスコーンの種類がたくさんあることに驚いた。
スコーン!!
私は、スコーンが大好きなのだ!
シンプルなスコーンとミルクティーを注文。
「まったく~急に元気になって……。
ほんとに、スコーンには目がないんだから。
わたしもスコーンと紅茶お願いします」
私のテンションは、一気にアップした。
そして、スコーンが運ばれてきた!
クロテッドクリームとジャムが添えられている!!
一口頬張る…。
美味しい…美味しい…おいしーーい!
お姉ちゃんがぼそっと言った。
「ともこさ、一生、こどもでいられたらいいのにね。
スコーンでそんなに幸せそうな顔できるの、あんたくらいよ」
ほんとにそうだ。
ずっと子供でいられたらどんなにいいだろう。
就活しないでいいんだから。
また、思い出してシュンとしてしまった。
そこへ、おばさんが来て、私の前の席に座った。
「どう?スコーン…美味しいでしょ?」
「はい!すごく!
私、スコーンには、目がなくて、いろいろ食べ歩いてるんです。
でも、ここのスコーンが一番おいしいです!
手作りなんですか?」
「もちろん!本場スコットランドで修行してきたんだから!」
「え~ほんとですか!いいな~」
「えへ、ごめん…スコットランドは、、ウソ…。
でも、手作りは、ほんとよ」
「私、スコットランドにスコーンを食べに行きたいんです。
あとイギリスにも…出来れば作っているところを見学できたらすごく嬉しいんですけど…」
「いつ、行くの?」
おばさんが訊いてきた。
「えっ、いつ?……行くとしたら、たぶん…就職が決まってから…」
自分で言っておきながら、自問する…就職できるの???
全然、現実味がない。
「どんな仕事がしたいの?」
「どんな仕事? どんな仕事でもいいんです。勤まれば…」
「それで、人生楽しいの?」
「楽しいわけないです。
楽しいどころか、苦しむのが目に見えてます。
だって、いつもダメ出しされて、冷ややかな目でみられて…。
て、いうか…どこも私なんか雇ってくれないんじゃないかと思います。そうなったら、どうしようって考えたら夜も眠れなくなって…」
「誰のために就職するの?」
「誰って…?」
「そんなしなくてもいい苦労がしたいの?」
。。。
「みんなが就活してるから就活する。みんなが会社に入るから入る。
したくもない仕事をわざわざ選んで?」
「そうするものだと思っているから、仕方ないです」
「自分の人生なのにおかしいと思わない?」
「そんなこと考えたこともないです。そうするものだと思っているから
だって……、ずっと大学にはいられないし、大学院なんてムリだし…」
「他に選択肢はないの? あなたが、一番やりたいことは何?」
「私に出来る仕事なんてないです」
「そんなはずないわよ!得意なことはないの?」
「得意なこと?自信持って言えます!!なんにもないです!」
「はは…じゃ、好きなことは?」
「好きなこと? ないです!寝ることくらいです」
「はは…健康的!」
「じゃ、好きなものは?」
「好きなものは、スコーン!」
「それよ!それ!」
「はっ?」
「好きなものに囲まれて仕事するのは、しあわせよね~
鉄道マニアは、鉄道会社に入れたら幸せよね!
それと一緒よ!スコーンよ!!
あなたさっき、スコットランドに行きたいって言ってたじゃない?
行きなさいよ!」
「そんな、、、いきなり行きなさいって言われても……」
「だから、まず、調べるの。スコーン情報いっぱいゲットして」
「はあ~」
「なんか気のない返事ね~」
「なんか、わたしが言うのもなんなんですが、世の中そんなに甘くないと思います。
好きだからって、それをすぐに仕事に結びつけるのは、なんか短絡的というか幼稚というか…」
「じゃ、なんで世の中にスコーンがあるのよ! あれは、誰が作っているの?」
「そ、それは…」
「そのスコーンをあなたが作ればいいじゃない?」
「私が作る?」
「そうよ!あなたが作って売ればいいじゃない?
それもりっぱな仕事よ!」
「スコーンに携わる仕事って考えてもみなかったです」
私は、頭をガーンと殴られたような気がした。
でも、なぜだか心が軽くなった。
私はまた必ず来ると約束してカフェを後にした。
カフェからの帰り道。
「ともこ…、あのさ…さっき、おばさんが言っていたこと。
なんか、心にグッときちゃった。
私も、なんにも考えずに会社入ったけどさ、上司や同僚との付き合いもストレスだし、仕事に行き詰ったこともたくさんあって、胃が痛くなったことも数え切れないわよ。
でも、それが当たり前だと思っていた。
みんな、我慢して生きてるんだから、それが出来ない人間はダメ人間のレッテルを貼られちゃうから必死に努力して頑張ってきたのよ。
でも、ともこにそれをさせるのは、どうかなって思っていたの。
それで、嫌がるあんたを連れてきたけど正解だった。
うん!やっぱり、ともこは、会社に入らない方がいいと思う!
ともこの良さがなくなると思う!!
お父さんとお母さんには、私からもお願いしてあげるから、あんたは自分の好きなことを仕事にした方がいいと思う。うん!絶対にそう思う!」
お姉ちゃんは自分に納得させるように何度もうなずいた。
「お姉ちゃん、ほんとはね、私、就活がイヤでイヤで怖くて、怖くて…」
「そんなことわかってたよ。何年あんたの姉ちゃんやってると思ってるのよ」
私はなんて良い姉を持ってるいるんだろう。
なんだか、生まれ変わったように力が湧いてきた。
スコットランドとイギリスに行く!
お金はお姉ちゃんと両親に頭を下げて、貸してくれるように頼んだら、将来のためと言って投資してくれた。
本場のスコーンを勉強しにいけるなんて夢のようだ。
目標が決まると、あんなに寝るのが好きだった私が寝る間も惜しんでスコーンについて調べまくった。
母が使っていない時間は、台所を占領してスコーン作りに没頭した。
みんなは、美味しいと言ってくれているけど、私が目指すのはプロの味だ!
あれっ、そういえば、むかしから人の10倍努力しなさいって言われてきたけど……。
好きなことなら努力って出来るんだ!!
それも、努力って思わずに!!
スポーツ選手や演奏家をみて、努力しているからあんなに上手になるんだと思い、自分には出来ないから私はダメな人間だとずっと思ってきたけど。
みんな好きだから努力できるんだ!
私は、大発見でもしたような気分になり、ひとりで納得していた。
人って以外と一瞬で変わることができるんだな。
さあ、あとは残りの大学生活を、おもいっきり有意義に過ごそう
就活しなくていいんだから。
私は、心から安堵の気持ちでいる。
あのとき、何故あんなに自分を追い込んでいたのだろう?
自分の気持ちに正直でいれば、簡単なことなのに。
世間の常識や、みんなと同じでなければいけないという強迫観念に縛られていて、呪縛のようになって私を苦しめていたのだ。
今、考えれば本当に恐ろしいと思う。
なんでもこなせる人は、そのまま会社に入っても自分をちゃんと表現して生き生きとやっていけるんだろう…きっと。
私は、あのままどこかにひっかかって、会社勤めをしていても、ウツになって、そのまま、家に閉じこもって、対人恐怖におびえていたと思う。
それほど、私は、怖かったのだ。
世間の人は、甘えだっていう。
でも、人と同じことが出来ない人は世の中にいっぱいいるんだよ!!
って、今なら言える。
目標は決まった!!
さあ、どうやって売りだしたらいいだろうか?
店舗を持つことは、最終目標だ。
在学中にいろいろ調査して、食べ歩いた。
経営学も勉強した。
卒業後、私はスコットランドとイギリスに修行のため渡航した。
スコットランドは降り立ったときから馴染み深く私にとって初めての地とは思えないほどで何故だか懐かしかった。
スコットランドで修行し、イギリスのカフェ巡りは至福のひとときだった。
夢のような時間を過ごし、私は帰国した。
おばさんの所に報告しに行こう!
私は、再び、あのカフェを訪ねていった。
扉を開けて中に入る。
「いらっしゃい!」
私は、奥の席に座り、スコーンと紅茶を注文した。
運ばれてきて、スコーンを頬張る。
ん?なんか違う?
この前来た時は、あんなに美味しかったスコーンが?
なぜだろ?
おばさんが来て、前の席に座った。
「どう?美味しい?」
「…なんか…この前と違うような…」
「何?おいしくないって言うの?」
おばさんの顔が鬼のように変化した。
私は、どうしていいのかわからなくなって、パニックになった。
「はっきり言いなさいよ!まずいならまずいって!!」
おばさんは、鬼の形相のまま私に言い放った。
ひぇ~、私は、こんなはずじゃなかったと来たことを後悔した。
私の頭の中は、ぐるぐる混乱していた。
どうして?どうして?どうなってるの?
頭の中で何度も何度も繰り返し、こだまする。
応援してくれているとばかり思っていたのに。
どうしたらいいの??
ここから消えてなくなりたい!!
すると…、
「ごめん、ごめん」
。。。
「そんなに悲痛な顔して…もう、見てらんないわよ。
あのね、夢をもってすっごく頑張っているのがわかったから、
ちょっと、荒行しちゃったわよ。それと、そのスコーンは市販品よ」
そういうと、おばさんはペロッと舌を出して謝った。
私は目を白黒させてしまった。
「どうしてこんなことしたかというと、
これから、仕事をしていくうえで、いろいろなことが起きてくると思うの。
いろいろなお客さんがいるからね。今のようにビクビクしていたら舐められてしまうと思って。
世の中にはいろいろな人がいるから、起動にのってくるとワザと嫌なことを言ったり、嫉妬する人も出てきたり、ワザとじゃなくても辛口の人もいるしね。
スコーンについての意見は、真摯に聞いて、改善して、努力することはもちろんなんだけど、私がいいたいのは心の持ち方のことなの。
自分が一生懸命最善を尽くし、愛がたくさんこもったスコーンは、自分が一番良くわかっている。
それを評価してくれる人もたくさん現れると思う。
でも、心ない少数の人の言葉に振り回されないでほしいの。
あなたは、今まで、人からたくさん心を傷つけられてきたでしょ?
過去のトラウマから、なにかの拍子にそれが顔を出した時、今のようにパニックになってしまうの。
そこに気付いて、自分はもう大丈夫!って感じてほしいの。
人がどう思っているかということに囚われてしまうと罠にハマってしまう。
あなたは、もう大丈夫だから。
人からの悪感情を感じた時は、私は、大丈夫!って深呼吸して落ちつくこと。 はい、やってみて!!」
思いっきり深呼吸してみる。大丈夫!!大丈夫!!。
「これからたくさん経験を積んでいくと、神経もドンドン図太くなっていくわ。数年後あなたは今からは想像できないほど成長していると思う。さっきみたいなシュチュエーションだって、『これ、市販品ですね?』って言えちゃうと思うわ」
ここのおばさんには脱帽だ。すべて見抜いてこんな荒行までするなんて。
おかげで身をもって体験できた。
外側の状況に動じない自分作りをしていこう。
今日、ここに来てよかった。
「私は、大丈夫!」
まだまだ、頼りないけど、これからいっぱい自信を付けていこう。
どんな人のどんな言葉だって、へっちゃらになっている自分を想像しよう。
そうして、大好きなスコーンに囲まれて、みんなの美味しい顔を想像しよう。
開業したら、真っ先にここに報告に来よう!!
おわり