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さくらゆき
2022年7月31日 16:21
ダイヤモンド・プリンセス号内で発生した新型コロナウイルスの集団感染が報じられた時、僕は客船で働いている弟の千洋のことが心配になって、電話をかけた。「俺が働いている船では陽性者は出ていないけど、風評被害で予約がキャンセルになって、休みの日が増えたよ。」弟は僕に心配かけまいと思ったのか、不自然なほど声が明るかった。「千洋、大丈夫?僕に出来ることがあったら、言ってね?」「あ~、兄さん。俺は
2022年7月24日 10:44
あなたが自分のアパートの部屋を会場に、竹内くんと水沢さんの同期3人、新年会を開いている頃、僕は志津と居酒屋にいた。店内は団体客も多く、店員の往来が忙しないほど繁盛していた。「竹内と鈴木を飲みに誘ったら、見事に振られちまってさ〜。」そう言いながら、志津はグラスに注がれたばかりのビールを豪快に飲み干した。僕は梅干しサワーを少しずつ飲みながら、志津のおしゃべりを聞いていた。性格が真逆とよく言
2022年7月21日 23:31
コラボ小説「ただよふ」主人公の息子、航平くんの幼少期のお話です。僕が幼い頃。父は東京で働き、母はうつ症状(まだこの頃は、双極性障害と診断されていなかった)で苦しんでいて、大阪の実家に僕と共に身を寄せていた。僕は「なんでお父さんは、いっしょにいられないの?」と母に聞いたことがあった。「お父さんは、私たちを守る為に頑張って働いているの。だから、航平は自分のことは自分で出来るようになろう
2022年7月17日 16:49
旅館から帰宅して、僕は身辺整理を始めた。上京する際に不要な物は処分していたので、僕個人の物はすぐに片付いた。自室で家族のアルバムをデータ化する作業をしていると、息子の成長過程に涙が溢れてきた。僕は息子が独立した時に渡せるように、自分用の妻の写真を抜いたものとは別に、アルバム全てのデータが入った息子用を作成した。後にやっておいて良かったと思う事件が起こることを、この時の僕は知る由もなかった。
2022年7月10日 10:26
今にも掴みかかってきそうな鉛色の空の下、錆浅葱色の海が躍動していた。暴力的な勢いで寄せてくる波は、波消しブロックに勢いよく乗り上げ、無数の白い泡を生んで帰っていった。空も海も鳴っていた。海は、そこで生まれ、消えていった無数の生命を飲み込み、むせ返るほどの命の匂いを放出していた。太古から繰り返されてきた剥きだしの自然の営みがそこにあった。畏怖を覚え、体の芯が熱くなった。「私たちも、海から
2022年7月2日 16:25
僕は呆然としたまま、帰宅した。妻はもちろん、息子もまだ帰っていなかった。僕は玄関で、靴を履いたまま座り込んでしまった。「…実咲さんが、不倫?」実際に声に出してみると、裏切られたことへの悲しみと怒りがぐちゃぐちゃに溢れてきた。玄関に飾られている花の香りが、鼻についた。毎週新しく替わる花は、男から贈られているものに違いなかった。僕は花を三和土に投げつけようと、立ち上がって花瓶に手