男と花と女
男が女童に撫子を差し出し
女童は嬉しそうに受け取って
ふたりはそのまま花野に遊んだ
四つ辻を曲がって帰るのを見たが
人たちは首を傾げなかった
数年が過ぎた
重頼が文に梅の枝を付けて
男を介し女に差し出したが
女は文を返さなかった
彼は他に通う所もあったので
重頼は女のことなどすぐに
忘れてしまった
成信が文に菫を付けて
男を介し女に差し出した
女は嬉しそうに受け取り
理由を付けて断りの文を出した
成信は幾度か文に菫を付けて
男を介し女に差し出した
女は嬉しそうに受け取り
とうとう断る理由が無くなった
それで成信に菫の世話を頼んだ
成信は下男に命じて世話をさせたが
それをよりにもよって
新しく通おうとしている所へ
文に付けて送ってしまったので
女は成信を閉め出してしまった
義治が文に百合を付けて
男を介し女に差し出した
女は嬉しそうに受け取り
理由を付けて断りの文を出した
しばらくすると
義治が文に桔梗を付けて
男を介し女に差し出した
女は嬉しそうに受け取り
理由を付けて断りの文を出した
またしばらくすると
義治が永遠を誓おうとするので
女はそれを押し留めた
女がどうすれば自分の物になるのか
義治にはわからなかった
こんなことばかりを
繰り返してきた気がするが
しかし
この女は文と花以外を受け取らない
このままでは落ち着かないので
共に住んでくれないかと問うが
女は悲しそうに首を振った
義治はこの女に拘る理由が無いと思って
去ろうとしたが
心の中に
この女が既に住んでいると気づいた
素直に
どうしたらいいかを女に聞いた
女はそれを聞きたかったと言い
義治と共に三日夜の餅を食べた
しかし時が長く過ぎると
義治は流行り病で死んでしまった
男と女はふたりとも歳を取り
これまでと変わらず
同じ屋根の下に住んだ
周りの人たちはふたりの関係を
見誤ったりしなかった
男は秋になると花野へ出掛け
撫子を摘んで女に差し出した