鼻嵐

馬の鼻面から吹き出す嵐にたんぽぽの綿毛が巻き込まれ、後足の生み出す気流にうまく乗った、大空を優雅に進む。鳥が見つけて飲み込もうとしたらしい。口が開いたが上昇の合図に仕方なく去って行った。この先は海しかない、いつか伝え聞いた塩辛い水の上にとうとう来た、とうとう来た。

俺たち植物は次の代にすぐ転生する。たんぽぽだけをひたすらに繰り返してきた。見慣れた場所から見慣れた場所へ、或いは鳥に食べられてあちらこちら。しかし食べられもせずに水の上は初めてだ。
俺だけ、俺だけで飛んでいる。

塩辛い水のことを話していたのは切り株爺さんだ。鳥の足に引っかかった枝の実として、遠く海を渡って来たのがご自慢だ。潮水に浸かりそうになって大変だったと冒険を語ったが、実を付ける事なく最近伐採された。スモーク資材としてほとんどが売り払われ、切り株だけが残った。俺は爺さんとぺちゃくちゃ喋って春夏秋が過ぎ、冬は冬眠した。伐採された後、爺さんはすっかり元気がなくなった。せめて、ひこばえが生えてくれればねぇ。そう言っていた秋。春に話し掛けたら呆けたらしく返事は碌に無かった。

爺さん、俺、今は海の上だぞ。

このまま落ちたら、たんぽぽとしてはもう終わるんだろうか。たんぽぽが潮水に強いとは聞いた事が無い。他の何かに生まれ変われるのか。それともこの世とはおさらばか。そうしたら、爺さんと会えるかもしれない、それもいいな。俺は水に落ちた。

長い年月をかけて、気がついたら俺は爺さんと向かい合っていた。落ちた後、魚に食べられ、糞になり、藻に付いたのを鳥が啄んで、切り株爺さんの傍に落とした。切り株からはひこばえが生え、爺さんはそっちに移っていた。俺は海は塩辛くなかったと訴えたが、お前が飛ばされたのはすぐそこの、あの池だと笑われた。

初出 2021年月刊詩誌「ココア共和国」8月号

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